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雑記(魔王源) アーカイブ

2008年07月26日

雑記でも。

 折角天誅も復活したことだし、雑記でも書き連ねようと思う。

 先程散歩をしながら「老け」という感覚について考えていた。
 中学3年生の頃、僕は部活の後輩たちを眺めながら「自分も年をとったもんだ」と感じた。だが、中学を卒業し高校生となると、つい先日まで感じていた筈の「年をとった」という感覚は霧散してしまい「まだまだ子供だ」という気分に捕らわれた。
 時が過ぎ、高校3年生になると僕はまたも「年をとった」と感じ、大学に入学すると「まだまだ子供だ」と思いなおした。
 それからフリーター生活を5年ほど続けていて、すっかり「年をとったな」という感覚が身に染み込んでいたのだが、3ヶ月前に就職してから、再び「まだまだ子供だ」という感覚が蘇ってきた。

 この事から察するに、どうやら「老け」という感覚は、実年齢よりもコミュニティに在籍している年数に影よって生まれてくるようである。あるコミュニティに数年間在籍すると、その生活環境に慣れ、どのような事が起こり、どう対処すれば良いのかという事がわかってくる。この事が安定感と倦怠感を産み「年をとった」という感覚に繋がっているのだ。
 周囲の人間が与える影響も大きい。コミュニティのメンバーに「古株」扱いされる時、人間は自分の年齢がいくつであっても「老けた」と感じる。逆に「新米」扱いされると、実年齢がいくつであっても「まだ子供」だと感じるのである。
 また、コミュニティメンバーの平均年齢も大きな影響力を持つ。周囲が老人ばかりの環境に放り込まれれば40歳の壮年でも「まだ子供だ」と感じるだろうし、幼児ばかりの中にいれば15歳の少年だって「もう大人だ」と感じるだろう。だから例えば、50歳で政界入りした人などは「自分はまだ子供だ」と感じているだろう。逆に、両親から幼児のお守り役を言い渡された中学生は、自分の事を「年をとった」と感じているに違いない。

 何が言いたいのかというと、人間の「老け」に関する感覚は極めて相対的であてにならない、という事を主張したいのだ。「まだ子供だ」とか「年をとった」とかいう感覚は、なんらかのアクションを起こす上で阻害要因にしかならない。「まだ子供だから」とか「もう年だから」という、行動しない理由に繋がってしまうからだ。このような感覚に捕らわれて自分を縛り、やりたいことを諦めてしまうのは実に馬鹿馬鹿しい。やりたいことがあれば、それがどんなことであれ、とにかく行動に移すべきだ。そうすれば人生は、少なくとも楽しいものになる。
 
 そんな事を考えて、性懲りもなく天誅活動を再開したのである。
 ん、なんだかよくわからない内に、いい感じにまとまった気がする。
 というわけで、この辺りで筆を置こうと思う。

 それじゃあ、また―――

2008年07月30日

MMOについての考察

 性懲りもなく、また書いてみる。
 
 「MMO」というゲームがある。
 ウェブに創造された架空世界を旅し、モンスターを虐殺し、レベルアップして、レアアイテムをゲットすることが目的のこのゲームは「駄目人間ご用達のゲーム」と世間に広く認知されている。
 天誅にも「MMO」という曲がある。夜な夜なMMOに耽る人間が、如何に堕落した存在であるかを赤裸々に告発した曲として、ライブでは定番の曲だ。

 実を言えばこの詞を書いた頃、僕はMMOをプレイしたことがなかった。「多分こんなゲームに違いない」という、イメージや偏見を詞で表現してみたのである。前々から興味はあったのだが、あのような歌詞を書くことからわかるように、非常に悪いイメージを持っていたから敬遠していた。
 食わず嫌いもよくないなと思い、近頃MMOを実際にプレイしてみた。定番中の定番であるところの「ラグナロクオンライン」に手を出してみたのである。
 で、

 「これは、とてもではないが駄目人間にはプレイできないだろう…」と思った。

 ラグナロクオンラインは、非常に高度なコミニュケーション能力を要求されるゲームだった。ゲームを効率的に進める為には仲間を作り、チームで「狩り」を行わなければいけない。ROは完全にパーティープレイを前提として作られており、ソロでプレイすると恐ろしくレベルアップの効率が悪くなる。孤独を貫いた状態でプレイし続けるのはほぼ不可能に近いゲームなのだ。
 パーティー狩りにおいては、自分に与えられた役割を完全にこなすことが要求される。騎士しかり、プリーストしかり、アーチャーしかり、狩りをする上でのルールとマナーを守り、チームに貢献していかなくてはならない。

 僕はこの、「パーティー狩り」というものがどうも上手にできなかった。手先の不器用さが災いしてか、あらぬ方向にキャラクターを移動させてしまい、攻撃してはいけないモンスターを殴ったりして、ギルドマスターに叱られてばかりいた。協調性にも欠ける僕は、度々マナーやルールを破り、仲間の不興を買い、煙たがられた。
 そのうち【ROをプレイすればプレイするほどストレスが溜まる】という悪循環に陥った。
 僕は段々「何故、遊びでこんなにストレスを溜めなきゃいけないのか?」と疑問に思うにようになり、馬鹿らしくなってきて、剣士から騎士に転職したあたりでついに放り出してしまった。
 僕がMMOから受け取ったものは、大きな屈辱と挫折感のみであった。学校であれ、職場であれ、あれ程の挫折感を味わった事はない。MMOのどこが「駄目人間」のゲームなんだろう。むしろ余程人格のできな人間でないと楽しむことすらままならない、エリート専門のゲームではないか。

 属に「MMO廃人」と呼ばれている人は、紙一重で駄目人間呼ばわりされているだけなのではないだろうか。エネルギーを投入する場所が違えば、非常に優秀な仕事人間としてバリバリ働いているような気がする。一銭も貰えず、逆にこちらが金を払い続けなければいけないのにも関わらず、あれ程の献身と自己犠牲を要求されるゲームを続けられる人間は、なにか聖者の類なのではないかとさえ思える。
 
 俗物の僕からすると、MMOをプレイするくらいならコンビニでバイトでもしていた方が、幾ばくか賃金が貰える分マシだと思うんだが、どうなんだろうか。

2008年08月03日

【ポスト貨幣経済論】

 という論旨の論文の執筆を、この数週間真剣に考えております。
 今回も空気読んでない内容の魔王源ですw

 この方向性のネタは、フリーターで金が無い時期にやると、単なる負け犬の遠吠えと受け止められるだろうから、リーマンやってる今の内に発表しておく必要があると思うんです。逆に10億円とか持っちゃうと「所詮金持ちの道楽、小市民には関係ない」と受け止められて終わりだろうしね。
 ほい、つうわけで本論行きます。

 僕は、大学を卒業してからこの五年ほどの間

「金になる仕事ほど無意義・金にならない仕事ほど有意義」

 というジレンマに悩まされて生きております。納得行くクオリティで作品を完成させても、尊敬されたりはするんだけど、金にはならない。多くの場合赤字に終わってしまう。
 逆に「こりゃ駄目だろ…こんなん作ってなんの意味があるのよ?」と疑問に思うもの程、びっくりする位金になったりする。
「それは何故だろう?」というのが長年の疑問で、それは自分が未熟だからとか、勉強が足りないからだと思っていたのですが、近頃どうも違うような気がしてきたんです。

 それで辿り着いたのが「貨幣経済は収束していくのではないか?」という仮定なのであります。勿論、明日から紙幣やコインが無くなる、みたいな極端なものではありません。
 
 これから100年の間に、徐々に貨幣を介さない物流が経済の主流になっていくのではないか、という事を僕は主張したいのであります。

 その根拠になっているのは「社会の情報化」です。
 情報化社会と貨幣経済はとても相性が悪いと僕は考えています。それは「貨幣というものが何故存在するのか?」を考えれば明白であります。
 貨幣とは「モノとモノの交換を円滑に行う」ために存在するわけです。貨幣が十分に存在しない社会では、モノの流通は【物々交換】によって行われておりました。
 かつて、この【物々交換】というやつは、非常に不便だったわけです。IT技術が存在しない時代、

【Aというモノを持っていて、Bというものを必要としているヒト】が、
【Bを持っていて、Aを必要としているヒト】を
 
 探し出すのは非常に困難でした。で、このようなマッチングを待っている間にモノが劣化するという危険が常にあったワケです。この問題を解決するために、人類は「貨幣」という言わば緩衝体を発明したワケなのであります。

 しかし、IT技術が発達した現代社会では、少なくとも先進国内における物々交換は、それ程不便ではなくなっているのではないでしょうか。【Aを持っていてBを必要としているヒト】は、わざわざ貨幣なんかに頼らなくても【Bを持っていてAを必要としているヒト】をネットで検索すればいいわけですよ。
 こうなってくると「貨幣」の存在意義そのものが危うくなってきますよね。

 小説とか漫画とか音楽とかアニメとか、モノではなくて情報体であるものに関しては、この影響が極大化します。それは何故かと言えば、わざわざ貨幣を介して交換する必要が無いからです。
 IT技術が存在する現在、情報体は距離に縛られず、時間経過によって劣化することも無いと言ってよいと思います。ならば、貨幣を介した交換って、ぶっちゃけものすごく非効率ですよね?情報と情報を直接交換すればいいじゃんっつー話ですよ。

 実際WINMXとかNapsterっていう、このリクツを裏付けるようなファイル共有ソフトっつうものが存在するワケですよ。多分こういうものは、どれだけ法律で厳しく禁止しても無くなる事はないでしょう。何故かって、現行の社会よりも一歩先を行く思想・パラダイムで作られているからです。 
 恐らく我々が生きている21世紀初頭、という時代は、産業革命直後の世界と同じように、テクノロジーの進化が社会を激変させている大転換期の真っ只中に当たります。このような、実にやっかいな時代に生まれた我々は、既に存在意義を失いつつある貨幣経済とヨロシクやりつつも、新たに生まれてくるであろう【ポスト貨幣経済】とも付き合っていかなければならないという、ジレンマを抱えて生きていかなければいけないのであります。

 と、まあ簡単に言ってしまえばこんな論旨のことをもうちょい煮詰めて論文でも書こうかなーと考えている夏の夜です。

 …どー思います?
 青臭いセーガクさんの臭いがプンプンしますか?ww

2008年08月31日

お風呂と唄。

「エアコン直った」でブログが放置状態になってしまっているようなので、なんか書く。


 思い起こせば、今年でもう10年も天誅で作詞とボーカルをやっているワケである。この事実に我ながら驚いている。
 何せ僕は楽器は弾けないし曲も作れない。テクノをそんなに聞いていた訳でもないし、クラブなぞプライベートではまず行かない。ミュージシャンとは程遠い生活を送ってきた僕が、気付けば10年間も音楽活動を続けている。いつのまにやら学生時代バンドをやっていた友人達は殆ど引退してしまった。彼等の方が技術も志も上であったにも関わらず、一番いい加減なミュージシャンもどきの僕だけがズルズルと音楽を続けているのは何故なんだろう。

 「運命」の一言で片付けてしまえばそれまでなんだが、もう少し掘り下げて考えてみると「唄うのが好きだったから」という結論が出た。音楽を愛しているというよりも、唄を愛しているから舞台を降りないのだ。僕は「歌を唄う」という行為が好きだ。思えば自宅にいる時も、何かしら唄っている。鼻歌ではない。全力で熱唱しているのだ。このため近隣住民には非常に迷惑をかけていると思われる。

 このように我が30年の人生の中で、時と場所をわきまえず、人の迷惑も顧みず唄い続けてきたわけだが、一番上手く歌えたのはレコーディング中やライブ中ではなく【風呂場】である。風呂場はノープレッシャーで最適な湿度という好環境なので、驚くほど上手く唄えるのだ。
 しかし、どれ程上手く唄えようが、その場所が【風呂場】ではなんの価値も生み出されず、何の成果にも繋がらないわけである。悲しいことに風呂場という環境で自らのポテンシャルを最大限に解放しても、自己満足で終わってしまうのだ。
 このことは、あらゆる人間の活動に関して当てはまる原則といえる。例えばその辺にいるおっさんが、ある日なんだかものすごく体調が良くて道路を全力疾走してみたら、100m9秒5で走れたとしよう。
 この瞬間おっさんは人類史に残る偉業を成し遂げたわけだが、それを確認する術が無い。このような状況下では全ての偉業が水の泡と化してしまう。公式なレコードとして記録が残らない限り、本人の満足感以外何も残らないのだ。【100mを全力疾走する】という行為は、陸上競技大会の中でしか価値・成果には繋がらない。
 このように、あらゆる活動は、適した場所・適したタイミングで結果を出さないと人様に評価して頂けない。実にうざったくて面倒くさい話だが、世の中とはそういうふうに出来ているので文句を言っても仕方がない。


 そういうわけで、なんとか風呂場で出したレコードを表舞台で上回りたい今日この頃である。

2008年09月13日

クルマを買って心に起こったこと。


 車を購入した。中古の軽である。サラリーマンになったことで経済的に余裕ができたので、買ってみた。

「自家用車を所持する」ということは、小生の人生からは最も程遠いと思われていたことである。拙文を読んで下さっている方の多くは「そんなのフツーじゃん」と思われるかもしれないが、漫画を描く人間からすると「クルマを持つ」という事はかなり珍しいことなのだ。漫画家という生き物は、齢三十にして普通免許さえ持たぬことも珍しくない。高校を卒業してすぐ、大学入学式前に両親の金で教習所に通い、大学に入るとロクに授業にも出席せずにバイトに精を出して車を購入し、コンパと性行為と旅行に明け暮れているうちに卒業の季節がやってきてなんとなく就活・就職しちゃってそろそろジーミソっすよ~♪いう諸氏諸兄には日常茶飯事かもしれないが、小生のような人生裏街道を歩いてきた人間からすると、これはもう冠婚葬祭を遥かに凌ぐほどの一大事なのである。そこの所をよく理解して頂きたい。

 それはさておき、晴れて自家用車を持つ身となった小生であるが、心の中に予想だにしなかった思念が湧き上がってきて、少々戸惑っている。
 小生、クルマというものに【移動手段】としての価値しか見出していなかった。昨今山奥の美術館や公共交通機関の通っていないレストランなどを訪ねる機会が増えてきたため「歩行」という移動手段の限界を痛感するようになり、これを解消するためにクルマを購入したのである。
 故に「車種がどうだ」とか「走行性能がどうだ」とか、そういったエンスー的な事柄は実にどうでもよかった。あくまで「クルマなど走ればそれで良いのだ、なるべく安いのに限る」という発想で中古の軽自動車を購入したのである。

 ところがいざクルマに乗るようになってみると、他人のクルマが妙に気になる。自分の前を高級車が走っていると、何かよくわからないが「羞恥」を感じたりするのである。
 高級車は立ち上がりの性能が違う。信号待ちなどで停車し、再び再発進する際などにこの差が大きく現れるのだ。小生のクルマは、中古の軽だけあって立ち上がりにもたつく。背後にBMWなどの高級車に張り付かれたときなど、ミラー越しに後続車両の運転手の顔を見ると

「早くしろよこのうすノロめ、もたもたすんなこの野郎!!!」

 といったイライラした表情で、舌打ちなどを交えつつ小生の後頭部を凝視しているのが目に入るのである。そんなこんなで何やら申し訳ない気持ちになり、恥ずかしくなって穴があったら入りたくなってしまいそうになる自分がいるのだ。

 小生、この事には強い危機感を覚えずにはいられなかった。このような気持ちは【凡夫の心】に相違ないのである。
【他人が自分よりもきらびやかなものを所持している事を羨み、己の境遇に羞恥を覚える】という感情は虚栄心が生み出す感情以外の何物でもない。「虚栄心だけは持たぬように、本質を見極め、真理を求めるのだ」と日々己を戒めていた小生が、これしきのことで羞恥を覚えるとは何事であろうか。
 学歴や大企業に対する崇拝や、ブランドバッグを買い漁るような人間の浅ましく醜い心を弾劾し続けてきた小生としては、このような薄汚れた感情を自分の中に住まわして置くわけにはいかない。どうやらまだまだ精進が足らぬようだ。

 そんなわけでここは喝を入れて、心を引き締め、愛車「西多摩ターボ(嫁命名)」と苦楽を共にしていこうと決意を固めた次第である。

2008年09月23日

小説【公衆便所男①】

  すっかり秋ですね♪ひとつ小説でもかいてみることにしました。秋の夜長にでもどうぞーー            


                     「公衆便所男①」

              

 私の生き甲斐は「公衆便所」である。
 昼休みになると私は職場を抜け出して、公衆便所で用を足すことを習慣としている。これが唯一の趣味と言ってよい。
 社内のトイレなど使えたものではない。同僚達の声がやかましいし、順番を待っている人間がいる、あまり長く便所に滞留すると「アイツはウンコが長い」などと噂される…などと考え始めると、とてもではないが排便する気になどなれない。社畜として自由を奪われた身分である。ウンコくらいのびのびと、十分に時間をかけてしたい。
 だから私は、誰の邪魔も入らない、理想のパラダイス便所を求めて街へと繰り出す。

 が、なかなかに良い便所は見つからない。公衆便所たるもの、常に清潔でなければいけない。壁に落書きが見られたり、タイルの隅にカビが繁殖していたりいるようでは問題外である。清掃は常に微に入り細部を穿つかのごとく、完璧でなくては駄目だ。他人のウンコがこびりついているような便器では、最高の排便ライフを満喫することなど夢のまた夢、である。
 他にも個室の占有面積や臭いなど、私が公衆便所に関してチェック項目として揚げた項目は実に36もあるが(私をそれをエクセルで表にまとめ、常に携行することにしている)解説し始めると、数時間に渡る長口上となることは目に見えているので、この位で留め置くことにし、そろそろ本題に移ろう。

 ある日の事だ。昼休みを告げるチャイムが鳴り響くと同時に、今日も今日とて「公衆便所」という名の楽園を求めて勢いよく会社を飛び出した私だったが、この日は私のトイレット人生において最悪の日となってしまった。
 便所の神は私を見放したのだろうか。その日私は神を呪った。

 会社を出て私が始めに向かったのは、駅前に敷設された公衆便所であった。清掃員の心がけが良いのか、常に清潔に保たれている。サンポールの鼻をつく塩素臭が実に快い、お気に入りの便所であった。この時間帯は人の往来も少なく、私の便所に進入してくる不届きな人間も少ない。
 このため私はこの便所に、一週間に3度はお世話になっている。最低でも30分は滞在し、瞑想をして呼吸を整えたあと携帯を取り出し、mixiにログインし、友人の近況などに他愛も無いツッコミなどを入れながら「排便」という行為を心行くまで楽しむのである。

 ところがこの日はいただけなかった。紙が無いのである。ドアを空け、意気揚々と個室に乗り込んだ私の目に始めに飛び込んできたのは、ホルダーの中心で芯だけになったトイレットペーパーがカラカラと空しい音を立てて空転している光景であった。
 悔しさのあまり私は「チッ」と、便所に響き渡るような、大きな音の舌打ちをした。これで私の第一の計画が台無しになってしまった。実に不愉快である。
 おまけに今日は、ドアに落書きまでされている。

 【Hello山下参上~☆】

 と、知能指数の低そうな字ででかでかと描かれているのである。

(何が【Hello山下参上~☆】だ!!ふざけるんじゃない!!!!!)
 
 と、私は危うく激高しそうになった。しかし、血圧が上昇するといけないので深呼吸をし、すんでのところでこの行き場の無い怒りを納めた。血圧に関しては、初夏の健康診断で「要注意」のイエローカードを貰ったばかりである。このことを重く受け止めた私は、帰宅後唯一の楽しみだった晩酌(300ml発泡酒2本)を週5回から週3回にまで減らしたのだ。こんなくだらないことで怒りを爆発させて血圧を上昇させてしまっては、私の血の滲むような努力が無駄になってしまう。こんなことでクヨクヨしてはいけない、前向きに生きるのだ―――Let'sポジティブシンキング・・・!!

 そう自分に言い聞かせながら、私は第一の便所を後にした。

                        
                             (続く)        文責:魔王源

2008年09月27日

小説【公衆便所男②】

 次に私は、駅向かい―即ち線路を挟んで反対側に敷設されている便所を目指した。身障者用のトイレを利用するという選択もあったが、遠慮することにした。私のトイレット趣味の為に身体の不自由な方に迷惑をかけるような事があってはならないという、私ならではのジェントルマン的な配慮故である。
 それに加え、あの広い空間で用を足すのはどうにも落ち着かない。便所の個室たるもの、面積は1.44平方メートル以内であるべきである。これ以上に広いと、私はリラックスできない。四方を壁に囲まれた、息の詰まるような感覚が良いのである。
 だいいち、下半身を露出した状態で身障者用トイレのような広い空間に座っていると、空気の対流が股間を通過していき、スースーして仕方がないのである。ただでさえ私はブリーフ派である。トランクスと股間の間に発生するわずかな空間に入り込む大気にさえ耐え難い不快感を覚える私が、あのスケールに忍耐できるはずがない。

 話が脱線した。
 駅向かいの便所の話である。
 言い訳がましく思われるかもしれないが、その便所は、話を脱線させなければ精神が崩壊してしまうほどの、凄惨な状態にあったのだ。
 個室のドアを開けた瞬間、思わず目を背けたくなるほどの無惨な光景が、私の目に飛び込んできた。向かいの便所とは清掃員が別人なのだろうか。こちらの方は極限まで汚れきった状態で放置されていた。
 そこは和式便所であった。床にはトイレットペーパーが散乱している。片隅には水に濡れてガビガビになった男性週刊誌が転がっており、便器前方にはタバコの吸殻が捨てられていた。極めつきに後方には、便器からはみ出した人糞がべったりと付着している。人糞はもう何日も放置されているのであろう―すでに干からび始めており、周囲を小蝿がブンブンと旋廻している。

 「ぐううううっ・・・!」

 嫌なモノを見てしまった。
 私は猛烈な吐き気に襲われ、掌で口と鼻を覆った。

 一体どうやったらこんな有様になるのか?一体、どんなウンコの仕方をしているのか?どんな排便教育をされたらこのような惨状を産み出すウンコ人間に育つのか?まったくもって両親の顔が拝みたいものである。
 近頃の若い奴等は、ウンコひとつ満足にできないのか?
 何故、ウンコが便器からはみ出すのか?
 何故、ウンコを便器からはみ出させたまま放っておくのか?
 仮にも文明国であり、世界屈指の先進国にして経済大国である「日本」という国家に生を受けておきながら、この排便マナーの悪さはどうしたことか?否、それ以前にいち人間として、霊長類たるホモ・サピエンスの一人として恥ずかしいとは思わないのか・・・!?
 私の行き場の無い怒りは、燃え盛るばかりであった
 
 その時である。ふと壁を見やると、見覚えのある文字が私の視界に入ってきた。

 【Hello山下☆参上だよーん!!!\(^o^)/】

 またもやHello山下である。
 Hello山下・・・一体何者なのだろう。よもや、コイツがウンコはみ出し事件の真犯人なのか。もしかすると、先ほどの便所でトイレットペーパーがなくなっていたのもコイツの仕業なのであろうか?
 兎にも角にも許せない。人を馬鹿にするにも程がある。私は真剣に「排便」という行為と向き合いたいのである。神聖なるトイレットの壁面に落書きをするなど許される行為ではない。神の天罰を受けよ、塩の柱となってこの世から消滅してしまえ―――

 いつまでも消えない怒りに、二日酔いで胸焼けした私の胃はキリキリと痛んだ。
 絶望に打ち拉がれながら、私は第二の便所を後にした。

                             (続く)    
                                              文責:魔王源

小説【公衆便所男③】

 私は今、第三の便所を目指して町を闊歩している。

 まったく今日はツイてない。時刻はPM0:30を回ったところである。休憩タイムも既に半分を過ぎようとしているにも関わらず、未だウンコができていない。
 今や私の便は緊張のせいか、直腸を逆流して大腸の奥深くへと潜り込んでしまった。これは困ったことだ。永らく大腸に対流したウンコは、水分を奪われて固くなり、干からびたようになる。こうなると大腸の蠕動運動は緩慢になり、便通に支障をきたすようになってしまう。
 これがいわゆるところの「便秘」である。「便秘」程不愉快なものはない。体内に無駄な老廃物が残留していることを思うと、どうしようもなく不快な気持ちになる。ウンコに封じ込められた毒素が溶け出して全身に回るのではないかと気が気でならない。
 ともかく、いつまでもこんな糞詰まり状態を放っておくわけにはいかない。一刻も早く理想のトイレットを見つけなければならぬ。

 次に私が向かったのは駅から800mほど離れた場所にある、スーパーに敷設されたトイレであった。日頃私は、ここで昼食用のカップラーメンや菓子、煙草などを購入している。しばしば、そのついでに排便に立ち寄るのだが、ここのトイレは悪くない。スーパー自体が3年ほど前に新築されたものであるため、トイレも新しくて清潔である。ウォシュレット完備・センサー式自動水栓の近代的なトイレだ。
 ところで、今年で齢43になる私だが未だに「ウォシュレット」というものを利用したことがない。肛門に対してジェット水流を浴びせかけるという行為に、大きな抵抗を覚えるからである。

「一度経験してしまえば、アレなしではいられなくなりますよ。」

 と会社の同僚達は口を揃えて言う。が、私の肉体と精神は「ウォシュレット」というものに対しては、強い拒否反応を示してしまう。「肛門に水流」という行為が変態的に思えて仕方ないのだ。このことを思うとアナルの辺りがムズムズして、どうにも気持ちが悪くなる。
 加えて私にとっては【紙で拭く】という行為の持つマテリアル感がたまらない魅力なのである。だからこれからも、恐らくこの命が尽きる時まで私は、排便の後はトイレットペーパーで肛門を拭き続けることだろう。たとえそれが環境破壊に繋がるアンチ・エコ的行為なのだとしても、ケツだだけは、紙で拭き続けたい―――

 などという雑想に耽りつつ、大通りを10分ほど歩いていくと、目的地であるスーパーマーケットに到着した。
 私はとりあえず、売り場で缶コーヒーとマルボロメンソールを購入し、それから排便へと赴くことにした。スーパーに対する一応の筋を通しておきたかったのだ。スーパーマーケットとて、慈善事業で店舗に便所を敷設しているわけではない。顧客満足の一翼を担えるのであれば…との一心で客に便所を開放している筈である。トイレットペーパー・液体石鹸・エアータオルを稼動させる為の電気料金・清掃に使用するサンポール・清掃を行う従業員の賃金etc・・・それなりのコストを費やしてトイレット運営を行っているのである。それをタダで利用するというのは私の信条に反するのである。GHQ総司令官・マッカーサー元帥の名言【働かざるもの食うべからず】ではないが【商品を購入せざるものウンコせざるべからず】である、と私は声を大にして叫びたい。
 
 無駄話が長くなったが、兎にも角にもこのような経緯で、私はトイレの大個室へと歩いていった。


                            (続く)  文責:魔王源

【小説】「公衆便所男④」

 そこで私を待ち受けていた運命は、極めて残酷なものだった。

 そのトイレは、何の問題も抱えていないように思えた。清掃も行き届いている。トイレットペーパーもふんだんにある。理想的な状態だと思った。
 私は安堵の溜息と共に、ズボンを下ろそうとベルトに手をかけた。

 が、何か嫌な予感がする。どこかに違和感を感じるのだ。
 それはどこだろう?私は自問自答してみた。そして、あることに気付いた。
 便座の蓋が閉じているのである。(つまり、このトイレは洋式であった。)嗅覚を研ぎ澄ましてみると、芳香剤の放つキンモクセイの香りとサンポールの塩素臭に混じって、微かに異臭がする。その異臭は、明らかに蓋と便座の間にある、わずかな隙間から漏れてきているのだった。
 無論、以前の使用者がひり出した排泄物の【残り香】は、公衆便所の宿命である。こればかりは受け入れざるを得ない。だが、この臭いはどこかが違っている。
 臭いが新鮮すぎるのだ。この臭いは【残り香】などではない、この臭いの持つ新鮮さは、ウンコそのものでなければ発することのできない類のものだ。

 
 恐る恐る、私は蓋に手をかけた。
 その先で、私が見たものは――――――――

 
 ウンコであった。
 とてつもなく巨大なウンコが、便器の中でトグロを巻いていた。産み落とされてから数時間は経過しているのであろう、ウンコは水に溶解し始めており、これまた大量のトイレットペーパーと共に混ざり合ってブラウン運動を始めており、カオスを形成していた。
 流れなかったのだろう。便の質量があまりにも大きすぎ、何度「流す大」ボタンを押しても流れてくれなかったのだ。そして焦り、どうしていいかわからなくなり、最終的に放置したのだ。
 私はまたも失意のどん底へと叩き落された。
 ウンコの落とし主に問いたい。
 何故こんな量になるまで溜め込んだのか?もっと迅速に、かつ頻繁にトイレへと足を運んでいれば、このような災難が私の身に降りかかる事はなかったのだ。
 加えて何故蓋を閉じてしまったのか?「臭いものにはフタをしろ」という、日本古来の諺に習ったとでもいうのだろうか。まったくもって余計なことをしでかしてくれたものである。蓋を閉じてしまったせいで発見が遅れたのだ。蓋さえ閉ざされていなければ、この巨大ウンコはもっと早く発見され、迅速にスーパーマーケットの最高責任者へと報告され、早急かつ適切な対応策が取られていたに違いないのだ。
 
 恥ずかしかったのか?
 巨大なウンコを堂々と放置したまま立ち去ることが、どうしてもできなかったのか?だから蓋を閉じたのか?
 蓋を閉じたところで焼け石に水だ。応急処置にさえならぬ、場当たり的で悪質な措置である。蓋を閉じたところで、かのような巨大なモンスターウンコを産み落とし、放置したという事実が消えるわけはないではないか。
 私は最早怒りを通り越して情けなくなり、目から自然と涙が溢れ出してきた。

 と、その時である。


 【Hello!!!!山下☆だヨ~ん!!!!調子どう!?俺は最高!!!】


 またも山下の名前が目に飛び込んできた。ステンレス製のトイレットペーパーホルダーの上に油性マジックペンでHello山下の名前が書き込まれていた。
 どれだけ私を愚弄すれば気が済むのか。舐めているのかこの男は。何が「調子どう!?」だ、良いわけがないではないか。よもやこの巨大便もこの男の仕業なのか?許せない。この男だけは絶対に許せない。 
 
「Hello山下…!!必ず見つけ出して成敗してくる・・・!!!」

 私は右手の拳を強く握り締め、そう口にしていた。
 こうして私は、第三の便所を後にした。


                      (続く)   文責:魔王源

2008年10月17日

【小説】「公衆便所男⑤」

 最早、近場にこだわっている場合ではない。

 腹の中に溜め込んだ便の違和感に堪りかねた私は、隣駅まで遠征する決意を固めた。
 時刻はPM0:55である。休憩時間はあと5分で終わりだ。今頃社では始業開始5分前を告げるチャイムが鳴り響いていることだろう。

 私は会社の入っている雑居ビルの方角へと足早に歩いていった。少々汗ばんできた所で社屋に戻った。私は颯爽とエレベーターに乗りこみ、6階で降りるとオフィスとは名ばかりのタコ部屋のドアを勢いよく空けて入り、部署のリーダーに

「どうも体調がすぐれないので、午後休を取りたいと思います。」

 と、吐き捨てるように言った。
 私より8つ年下のリーダーは満面の笑顔で「どうぞどうぞ!」と答えた。

 正直なところ、部署内での私は微妙な立場にある。43歳の私は部署で最年長だ。3年前まで私は、日本屈指の大企業であるA電気に勤めていた。今勤めている会社は「株式会社BEFREE」という。BEFREEはA電気の系列下にある中小企業である。一応、独立した会社ということになっているが、その実体はA電気の子会社である。
 A電気ではBFREEを「姥捨て山」と呼んでいた。A電気での派閥抗争に破れた者や、使い物にならないが労働組合が強すぎるために首を切るわけにもいかない、ニッチもサッチもいかないダメ社員が左遷されてくる。言わば「人間最終処理場」というのが、我が社「BEFREE」の主な役割だ。このイヤな役まわりを果たす変わりに、A電気から巨額の発注を貰って会社はなんとか存続している。
 かく言う私も人間産業廃棄物のひとりである。日本屈指の有名大学Y大を出て、日本屈指の大企業であるA電気に入社したはいいものの、真剣に仕事に取り組む気など全くなかった。
 子供の頃の私は、両親の「いい大学を出ていい会社に入れば一生幸福になれる」という言葉をひたすらに信じて学習塾に通い、偏差値を上げることだけを考えて生きてきた。何の楽しみも無く、ただただ辛いだけの青春を私は送った。

「有名大学を出て、有名企業に入れば後は何の苦労もしなくていい」

 私はそう固く信じていた。それなのに、A電気に入社した私を待ちうけていたものは、過酷な出世競争と煩わしい人間関係だった。
 私は「有名企業に入る」という人生の最終目的を達成した時点で、完全に燃え尽きていた。もうこれ以上は一切頑張りたくなかった。だから会社に行ってもソリティアとマインスイーパーに明け暮れるだけの日々を送った。
 当然上司や同僚からの叱責は受けたが「絶対にクビにはならない」という確信だけはあった。日本屈指の大企業であるA電気の労働組合は、日本屈指の規模と絶大な影響力を誇る。プロパーのクビを切るとなればA電気の労働組合は黙ってはいない。だから私は、まったく仕事をしなくれも解雇されなかった。様々な部署をたらいまわしにされた後、現在の会社「BEFREE」に左遷されて今に至る。
 現在の会社でも、私はソリティアとマインスイーパーに明け暮れている。それでも部署のリーダーは私に何も言わない。BEFREEにしてみれば、私はA電気という最大のクライアントのOBである。私を解雇してA電気と揉め事になるような事だけは避けたいのだ。だから私は特に仕事をすることもなく、ただ椅子に座っているだけで月38万円の給料を貰っている。
 薔薇色の人生だ。まさに【BE・FREE!!】である。
 
 が、そんな事はどうだっていい。私とって大切な事は理想のトイレを発見し、気持ち良くウンコをすることだけだ。他の事はどうだっていい。なんとしても便秘だけは避けなくてはいけない。会社などどうなろうが知ったことではない、そんなことよりもウンコである。ウンコ。ウンコ。ウンコ。ウンコ。ウンコ。早く最高のトイレットに巡りあいたい。そしてゆっくりと、リラックスしながら、大腸を通過して直腸に辿り着いたウンコを肛門からひり出すのだ。
 嗚呼、早くウンコをしたい。それだけが私が生きている理由・死なない理由である。誰が何と言おうと私は譲らない――快適なトイレット&排便ライフこそが、人生のクオリティを左右する最重要ファクターである。それ以外のことは、所詮は泡沫の夢に過ぎない。

 などという事を考えながら、私は駅のホームで電車が来るのを待った。


                   (続く)               文責:魔王源

2008年10月25日

【小説】「公衆便所男⑥」

※食事中の方は読むのをご遠慮くださいw


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 理想のトイレットを求めて、私は会社の隣駅までやって来た。わざわざ電車に乗ってまで来たのである。今度こそワンダフル排便ライフを堪能しなければ気が済まない。今や私の全集中力は、腹の中に溜まったウンコを排出することのみに注がれていた。
 
 私が向かったのは図書館であった。図書館という場所は、大概においてトイレット・インフラが充実している。私はそこに狙いを定めた。
 しばらく歩いていくと、閑静な住宅街の中に佇む無駄に立派な建築物が見えてきた。目的地の図書館である。この街に住む住民は小金持ちばかりなのだ。行政機関は奴等からたっぷりと税金を搾り取っているらしい。図書館の建物には湯水の如く税金が投入されているのがありありと見て取れる。無意味な空中回廊・無意味な中庭・無意味な屋上庭園などが敷設されたその図書館へと私は入っていった。

 平日の図書館は人気がなく、老人と主婦とその連れ子、といった風体の連中が数名存在しているだけだった。
 そんな中を、明らかに浮浪者と思われる輩が一人、ニヤニヤしながら館内を徘徊している。実に不愉快である。昼間から働きもせず、税金も払わない非国民が、我々の血税によって建築された公共建造物の中をうろついている、というのは真に腹立たしい。
 私は説教のひとつでも垂れてやろうと思ったが、既のところで思い留まった。このご時世、あの手の輩はいつ何時刃物を振り回して暴れだすとも知れぬ。君子危うきに近寄らずである。いい年をしてスカジャンなど来ている人間は、放置しておくに限るのだ。

 そんなことよりもトイレットである。何よりも大切なことはウンコなのだ。私は気持ちのスイッチを切り替え、最終目的地であるトイレへと向かった。しかし、ここでも私を災難が待ち受けていたのだ。
 その災難とは【満室】である。
 うすうす覚悟はしていた。公共機関のトイレは設備に十分な公的資金が投入されているため、極めて快適で清掃も行き届いている。またスーパーマーケットのような商業施設敷設のトイレ使用時に感じる「何か買わなければ」という気負いもない。従って公共施設敷設のトイレは、公衆便所マニアにとって絶好の排便スポットなのだ。
 加えて【図書館】という場所のトイレには、他の公共施設敷設のトイレに比べて利用率が著しく高くなる理由が存在する。
 どうやら人類には、本の匂いを嗅ぐとウンコがしたくなる性質があるようなのだ。この為に図書館のトイレには利用者が殺到する。原因に究明されてはいないものの、同様の現象が全国の書店でも確認されており、統計学的な見地から書物とウンコの間に何らかの因果関係が存在することは明らかだ。最先端の科学をもってしても解明できない謎がここには存在する。まさに現代に残された最後の神秘と言えよう。

 話が脇に逸れたが、ともかくトイレは満室であった。私はイライラしながらトイレが開くのを待った。

 私は満室のトイレに遭遇した際、余程のことがない限り「その場に居座り、トイレが開くのを待つ」という選択を心がけている。滅多なことでは移動しない。
 満室のトイレに遭遇した際に、すぐさま別のトイレを探そうとする愚か者がいるが、これは明白な愚行である。そのような尻の軽いものは決して大成しない。満室のトイレが開くのを待つことさえできぬ者は、その人生において何事をも成し遂げることができないと私は固く信じている。
 何故かといえば、満室トイレの付近に存在するトイレは、同様に満室である可能性が極めて高いからだ。軽々しく移動してしまうと、そこに待ち受けているのは【さらなる満室】である。おとなしくその場で待っていればすぐに空くものを、移動してしまうと他者に席を譲ってしまう羽目になるのだ。移動を繰り返していると最悪の場合「満室スパイラル」に陥ってしまうことだってある。よってこのような状況下においては、動かざること山の如しの心境で腰を据え、じっと待つことが肝要である。

 ところが、10分が経過し、20分を過ぎても大個室のドアは閉ざされたままだった。しびれを切らした私はドアをノックしてみた。
 が、何の返答もない。
 そこで私は何度かノックを繰り返し、ドアノブをガチャガチャと回してみた。すると、

「うるせえっ!!!!」

 という声と共にドカッとドアを蹴る音が聞こえた。男の神経質そうなその声はトイレット中に木霊した。
 それを聞いた私は男に対する憎悪を抑えきれなくなり、ガンガンとノックを繰り返し、ドアノブをガチャガチャと回し続けた。この反撃に

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…!!!!!!」

 と男は喚いた。
 危険な兆候である。よもすれば男は刃物を所持しているかもしれない。とかく近頃の世間は物騒である。
 私はとどめとばかりに、もう3回だけドアをノックした。その後急いでトイレットから脱出を図った。

 私は暫くの間本でも読んで待つことにした。ちらちらとトイレの方を見やっていると、目を血走らせた浮浪者風の男が、辺りを見渡しつつ出てくるのを確認できた。やはりあの手の輩である。脱出した私の選択は正解であった。
 男は「チキショウチキショウ」という言葉を呪文のように繰り返しながら図書館を出て行った。

(しめしめ。うまくいったぞ・・・!)

 私は心の中でガッツポーズと万歳三唱を4度繰り返し、意気揚々とトイレに戻った。

                   (続く)            文責:魔王源

2008年11月01日

【小説】「公衆便所男⑦」

 が、またしても―――
 私を待ち受けていたのは「HAPPY排便END」ではなく「苦い結末」であった。

 私は勝利の喜びに胸躍らせ、大個室のドアを勢いよく開けた。
 すると、猛烈な臭気が私の鼻に襲い掛かってきた。「臭い」などというレベルではない。長年公衆便所に通い詰め、数え切れないほどの【残り香】を味わい続けてきた私だが、これ程のウンコ臭は経験したことがない。腐敗臭ともチーズ臭ともドリアン臭とも知れぬ、得体の知れない未知の悪臭である。
 
 私は思わず口を覆った。体の芯から吐き気がこみ上げてくる。
 流していかなかったのか?またもそのパターンか?私は便器内を覗き込んだ。しかしそこに、ウンコの姿は見当たらない。だとすれば本体はどれ程の臭気を放っていたというのか?私は戦慄を覚えた。
 そのとき私の目に意外な物が目に飛び込んできた。半透明ポリエチレン製の、異様な形状をした容器が7つ――
 まさしくそれはイチジク浣腸器であった。浣腸器が内包されていたと思われる袋と箱もまた、便器の裏から発見された。

 一体何がどうなっているのだ?日本はもう滅茶苦茶だ。もう全てがオシマイだ。何故、人類の英知が結集した神聖な場であるところの図書館のトイレで、イチジク浣腸器が使用されるのか?しかも、7つもである。7つも使用する動機は何なのだ?そんなに詰まっていたのか?それほどまでに蠕動運動を怠慢する大腸とは、どのような大腸なのか?そもそも浣腸器を使用してまで、この場所で排便する事に何の意義があるというのだ。私は混乱し、半ば錯乱状態に陥って頭をガンガンと個室の壁にぶつけた。
 その壁に、またしても見つけてしまったのだ。

「Hello山下!!!参☆上~♪ どう?びっくりした?」

 最早私の中でおなじみの人物と化した男―Hello山下である。私のトイレットルートをことごとく先回りし、私を嘲笑うかのようにメッセージを残していく謎の男…一体Hello山下とは何者なのか?

 こうなれば、いかなる手段を用いてもHello山下なる人物を見つけ出し、成敗してやらねばならぬ。この野郎は全国の公衆便所愛好家の敵である。神聖なる公衆便所に不愉快な落書きを書き散らし、あろうことかイチジク浣腸器を7つも使用して、猛烈に悪臭を放つウンコをひり出し「どう?びっくりした?」人を食ったようなメッセージを残していく男…この男だけは絶対に許せない。

 いち公衆便所愛好家として、私はこの男を粛清する義務がある。
 今や私の中には、奇妙な使命感のようなものが生まれつつあった。

 私は足早に図書館を後にした。

                                (続く)文責:魔王源

2008年11月15日

【小説】「公衆便所男⑨」

 桃色の空間を、私はどこまでも漂っていた。
 とても良い心地だ。どこまでも続く、何もない世界。静寂に支配された小宇宙――そこは楽園だった。
 そこには私を邪魔するものは何もなかった。会社も、わずらわしい人間関係も存在しなかった。
 私は一糸纏わぬ姿で浮遊していた。そうしているうちに私の肉体は空間に溶け出し、やがて消えてしまった。

 とても良い心地だ。
 いつまでもこの場所に留まっていたい。心からそう思った。

 肉体を失った私は、意識のみの精神体となって浮遊を楽しんだ。こんなに気持ちが良いのは物凄く久しぶりだ。私は大声を出して笑った。(肉体は存在していないので、厳密には笑っていないのだが、そのとき私はそう感じた。)最後に大声で笑ったのはいつだったろう?遠い昔だ。恐らく20年以上前―小学生の頃だったろうか。
 私の人生は完璧だった。第一志望の大学に入学し、第一志望の有名企業に入社した。収入は大学の同期の中でもトップクラスで、金に困ったことは一度もない。「私はA電機の社員だ」と言えば、誰もが私に一目を置いた。
 誰の目から見ても私は成功者だった。両親は私をいつも自慢していた。私は求めるものを全て手に入れた。私は「成功者」なのだ。だから私は幸福なのだ。世間には、日々の食事にも困るような貧困生活を強いられている者が無数に存在する。年金・健康保険も払えないような甲斐性無しの無能な者達が無数に存在する。ワーキングプアーの派遣社員達は月に200時間の残業を強いられ、手取り20万円の月給で生活している。そんな彼らに比べて私は圧倒的に幸福だ。私の月給は手取りで42万ある。ボーナスは120万円が年2回だ。BEFREEに転属が決まってからはボーナスは半分に目減りしたが、それでもその日暮しが精一杯な者共に比べて私は圧倒的に幸福だ。私は税金をきちんと払っている。私は生命保険にも加入しているし、クレッジットカードも3枚持っている。もちろん不渡りなど出したことはない。ローンだって組める。これらの情報から論理的に判断して、私は「成功者」なのだ。冷静に、客観的に見て私は明らかに「勝ち組」なのである。
 
 なのに何故、こんなにつまらないのだろう?
 なのに何故こんなに孤独なのだろう?

 私は「成功者」だ。私は「勝ち組」だ。子供の頃から厳しい受験競争を勝ち抜いて、やっと手に入れた「成功者」の称号だ。人々はもっと私を尊敬すべきだ。どれだけ私が苦労したか、誰もわかっちゃいない。私を敬え!私を愛せ!私にひれ伏せ!もっと私に優しくしろ!!!!!!

 気がつくと私は肉体を取り戻していた。桃色の空間は次第に形をとり始めた。青い色のタイル、白い色の陶器、金属のパイプ。四方を壁に囲まれた馴染み深い空間――そう、ここは【公衆便所】だ。私にとってかけがえのない、唯一の【居場所】だ。この狂った現代社会から隔絶された【最後の砦】だ。ここにいる時だけは私は私のままでいられる。外へ出れば疑心暗鬼と憤怒と憎悪と欲望の入り混じった世界が存在している。
 私はこの世界が大嫌いだ。唯一嫌いでないのは【公衆便所】だけだ。

 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハアアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアアハハハハハハハハハハアハハハハ

 そのとき、遠くの方で笑い声が聞こえた。とても嫌な笑い声だった。明らかにそれは嘲笑であり、その矛先は私に向けられていた。

「誰だ!?」

 私は問い質した。けれども笑いの主は答えない。

「出てこい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 私はあらん限りの憤怒を込めて叫んだ。空間が私の怒りで振動している。

「最近どうよ??元気????よろしくやっちゃてクレてる!?」
 笑い声の主が答えた。

「お前は誰だ!?」

「ボクが誰かって?YOUの探している人間さ。」

「まさかHello…!?」

「ピンポィーーン♪山下よん。YOUの親友の、Helo山下だおん☆☆」

「ふざけるな!!貴様が私の友人であるわけがないだろうが!」

「何イってるんだい。とっても退屈してたじゃんか。YOUは、退屈で退屈で仕方がなかった。YOUはとっても哀れな人間よ。とても不幸な人だよ。YOUはいっつも助けを求めてたじゃん。ずっとずっと、叫んでたじゃない。一人ではもう、どうすることもできなくなっていたんだね。だからボク、YOUを助けにきたよ。」

「いい加減にしろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「今はわからなくてもいいさ。YOUは絶っ対に認めないだろうしね。YOUはボクを心から必要としてるケド、YOUのプライドはそれを受け入れようとはしないだろうネ☆YOUはYOUで作った牢獄にYOUを閉じ込めて、YOU自身を拷問にかけている。でももう限界ヨ。YOUは崩壊し始めてる。ホラ昔誰かが言ってたデショ?【オマエはもう、死んでいる】って。あれだヨ、アレ☆☆☆☆」

「うるさい!!!!」

「ともかく早く伊豆においでヨ。ボクはそこでYOUを待ってるヨ。ボクはYOUで、YOUはボクだ。YOUが壊れちゃったらボクも存在できなくなってしまうのヨ。だからもう、これ以上YOUにリーダシップを与えておくわけにはいかないのん☆」

「言われずとも行くさ!。必ずや貴様を捕まえて、成敗してやる!」

「ほーら、もーワクワクしてるwwwなんっでわっかんないかなあ♪ホントにYOUは頑固者なんだからwwwでもボク、YOUのそういうトコ、ダイスキよん☆」

「貴様ァ!!これ以上私を愚弄すると…!!!!!!!!!」

「おーコワいコワいwwwあ、そだ。伊豆で待つ、だけじゃあんまりだから、もうひとつだけヒントあげるね♪

 【Hello山下はYOU自身。Hello山下は左きき。】

 覚えときなヨ。きっと役に立つからさ☆じゃ、GoodLuck&GoodBy!!」

「待て!!!!!どういうことだああああああああ!!!!????」

                     (続く) 文責:魔王源

2008年11月16日

【小説】「公衆便所男⑩」

 新曲発表が優先するのでこっそりアップ。ほいではいきます♪

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 カーテンから差し込む陽の光で私は目覚めた。

「夢…か…。」

 ベッドの上で呟いた。時刻はAM11:00を回ったところだ。
 それにしてもイヤな夢だった。Hello山下は、ついに私の夢の中にまで現れた。奴のお陰でもう二週間はぐっすりと眠れていない。

【Hello山下はYOU自身 Hello山下は左きき】

 私は夢の中でHello山下が言った謎のメッセージを手帳に書きとめた。無論これは夢の中で出た言葉であり、現実のHello山下とは何の関係もない。しかし、何か引っかかるものがある。もしかすると手掛かりになるかもしれない。「夢を通して問題解決のヒントを得る」というのは歴史の中に何度も登場するエピソードである。心理学者達はこの奇跡的な現象を潜在意識からのメッセージとして説明している。そのような奇跡が私の身に起こらないとも限らない。少なくとも覚えておいて損はないと思った。

 今日は11月17日の日曜日だ。明日は伊豆へ向かうことになる。月曜日だが有給休暇を取得済みだ。約束の時間である15時までにはなんとしても伊豆に辿り着き、Hello山下を捕縛しなくてはならない。
 それにしてもHello山下とは何者なのだろう?これまでに起こった事件から総合的に判断して、どうやらHello山下は【私をよく知る人物】であるようだ。
 当初私は、Hello山下を単なる物好きなトイレマニア位にしか考えていなかった。しかし、私のマンションに奴のラクガキを見つけた今となっては、そうは思わない。奴は私のトイレット・ルートを入念に調査した上で意図的にメッセージを残している。
 一体全体、何のためにそんな事をするのか?単なるイタズラにしてはあまりにも手が込み過ぎている。これ程の労力を払ってラクガキを仕掛けている所を見ると、Hello山下には何か「動機」がありそうだ。その動機とはなんだろう?怨恨の類だろうか。
 
 Hello山下はA電機の人間だろうか?出世には全く興味のなかった私だから、A電機の同僚に恨みを買うような真似はしていない筈だ。唯一可能性があるとすれば労働組合の連中だろう。A電機在籍時代、私は組合が強い影響力を会社に持っていることを利用して、かなり悪質なサボタージュを行った。私の職務怠慢は上層部でも問題となり、このため労働組合は活動の規模を縮小せざるを得なくなった。そのことで私に恨みを抱いている組合の人間が存在しても不思議ではない。
 当時組合を仕切っていたのは「大垣」という男だった。だとすると大垣がHello山下の正体であろうか?

 そういえば、私と大垣は同じ大学出身である。大垣はいわゆる所の「アカ」であった。私が大学にいた頃は、全共闘の紛争もとっくに終わっており、本気で国家を転覆させようなどと企てる学生は皆無であったものの、共産党カブレの連中は少数ながら存在した。
 大垣はそんな連中の一人だった。確か「ニッポンのミライをアカるくする会」とかいう胡散臭いサークルに所属していた筈だ。大垣はサークル活動の一環として、環境問題だの人種差別問題だのを取り上げては拡声器片手にアジテーションを行っていた。このアジテーションは極めて軽薄であり、その主張には全く一貫性がなかった。その時々、世間で話題となっている旬の社会問題を槍玉に挙げて、重箱の隅をつつくような批判を浴びせていたに過ぎない。実のところは注目を浴びたいだけのデモンストレーションであった。
 大垣のやっていた事は実に無意味でくだらないものばかりであったが、この活動が当時A電機で労働組合長をしていた男の目にとまった。それで大垣は4年も留年していたのにA電機に入社できたのだ。

 そう考えてみると、Hello山下が大垣である可能性は薄い。大垣は単に働くことが大嫌いであり、仕事をサボるためにゴネているだけであって、確固たる思想や信念からは程遠い男だからだ。あの大垣が組合の活動規模が縮小した位の事で復讐を考える訳がない。実のところ、仕事が少なくなって喜んでいる位だろう。

 となると真犯人はBEFREEの人間だろうか。さしたる危害を加えた覚えは私にはないが、彼らにとって私が疫病神であることは間違いない。BEFREE社員の月給は経営陣クラスでも30万強だが、私は手取りで42万も貰っている。これは、私がA電機からBEFREE移籍を打診された時の交渉の成果だ。

「地位や役職・職場環境などはどうだっていい。賃金だけはA電機と同程度貰わなくては辞令は受け入れられない」

 と、私は決死の覚悟で上司に食い下がった。どのみち真面目に働く気などないから左遷は一向にかまわないが、生活レベルを下げさせられてはたまったものではない。私は現在のマンションから引っ越すつもりはないし、愛車Lexusの維持費もバカにならない。熱帯魚に餌だってやらなくてはいけないし、週に一度のおっぱいパブ通いだって止める気はないのだ。そんな訳でBEFREEにとって私の存在は随分な負担になっている筈だ。だから、嫌がらせを受けている可能性は十分にあり得る―――

 と、そのような思索に耽っていると、時刻はPM5:00を回っていた。私は冷蔵庫から発泡酒とチーズ鱈を取り出し、TVのスイッチを入れてソファに座り込み、発泡酒と呷った。

「Hello山下・・・必ず見つけ出して成敗してやる…!!」

 ニュース番組を見ながらそう口にすると、心が高揚してきた。明日が待ち遠しい。まるで遠足に行く前日の小学生のような気分である。

 ふと窓を見やると、11月の太陽がビル街に沈もうとしていた。

                     (続く) 文責:魔王源

2008年11月30日

【小説】「公衆便所男⑪」

11/18 AM5:30―――

 目覚まし時計のけたたましいアラーム音が寝室に鳴り響き、私は起床した。
 外はまだ薄暗い。全身にエネルギーが漲っている。シャワーを浴び、旅の支度を整えた。

 準備は万全である、私は玄関に掛かっている愛車Lexusのキーをわし掴みにすると、ドアを開けて外に飛び出した。晩秋の冷たい空気が肌に心地良い。雀のさえずりが祝福してくれているようだ。私は思い切り深呼吸をした。
 駐車場へ向かい、愛車Lexusに乗り込む。シートベルトを締め、サイドブレーキを解除し、ブレーキを踏みしめてキーを回す。心地よいエンジン音が早朝の駐車場に響き渡る。バックミラーとサイドミラーの位置を整え、ギアをパーキング・モードからドライヴ・モードへと切り替えると、我が相棒Lexusはゆっくりと動き始めた。オートマチックトランスミッションがギアを2速・3速・4速とチェンジしていき、徐々にスピードを上げていく。Lexusの洗練されたボディが空を切り裂く。

 心躍る旅の始まりである。カーステレオのヴォリュームを最大にし、ジョージ=ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」を流しながら国道16号線を時速73Kmで疾走する。対向車線を、ウーファーを搭載したVOXYが浜崎あゆみの「M」を爆音で流しながら通り過ぎていった。いつもなら舌打ちのひとつでもしている所だろうが、今日の私は一味違う。
 私には明確なミッションが存在する。それは【Hello山下の捕縛】である。Hello山下を縛り上げ、一泡吹かせてやれば、どんなに胸がすっとすることだろう。想像するだけでゾクゾクと血沸き肉踊る。脳内で大量のノル・アドレナリンが分泌されて全身を駆け巡り、私の肉体と精神を戦闘モードへと変容させていく。
 私はハンドルを握り締め、充血した目で虚空を見つめた。そこにはまだ見ぬHello山下の薄ら笑いを浮かべた憎き顔が浮かんでいた。顔がぼんやりとしており、細かな部分は判別できない。

「Hello山下ァァァァァァァ!!!待ってろよ!!!!!!」

 オーケストラの盛大な演奏に合わせるように咆哮した。最高の気分である。
 
 厚木ICでハイウェイに上がると、私はアクセルをめいっぱい踏み込んだ。愛車LexusのV8エンジンと高出力モーターが唸りを上げ、追い越し車線を疾走する。絶対的な動力性能・圧倒的な静粛性・力強い瞬発力―――プレミアム・カーに求めらる条件の全てをLexusは兼ね備えている。時刻はAM8:12。時速は122km。BGMはベートーベンの第九だ。最早誰も私を止められない。
 Lexusと私は一陣の風となり、ただ一路伊豆を目指した。


 が、ハイウェイを疾走していると、突如ウンコがしたくなった。その時絶妙なタイミングで「P」マークの交通標識が目に飛び込んできた。パーキングエリアである。私は方向指示器を左に点灯させ、鮮やかなハンドリングで左の車線へと移動していった。1km程走った後、私とLexusはパーキングエリアへ吸い込まれるようにして入っていった。

 パーキングエリアは小規模なものであった。公衆便所と自動販売機が存在するだけのシケた施設である。
 いち公衆便所愛好家として、パーキングエリアのトイレットについても語らねばなるまい。はっきり言って私はパーキングエリアの公衆便所が好きではない。何故かと言うと「臭い」からだ。
 パーキングエリアの便所は臭い。それは取りも直さずパーキングエリアの便所に排泄されるウンコが臭いという事だ。パーキングエリアの便所に溜まったウンコからは、何か貧しい臭いがする。恐らくウンコの材料となっている食物が貧しいせいだろう。きっとコンビニ弁当や吉野屋の牛丼ばかり食べている者たちがここで用を足すのだ。だからウンコの臭いが貧しいのである。食に美学が無い者は、ひり出すウンコの臭いからも美学が感じられない。

 いち公衆便所愛好家として「ウンコに美学を持て」と強く主張したい。
 理想の公衆便所に巡り合い、真のデキルウンコ・スタイルを身に着けるために、私は常日頃からウンコについて考えている。朝・昼・晩と食べているものが、腸内でいかなるウンコへトランスレートされるか?私は毎日イメージする。そして、明確なヴィジョンを持って公衆便所へと向かうのだ。

 私は常に自問自答している

「今日のウンコは何色だろう?」

 と。

                      (続く) 文責:魔王源

2008年12月02日

【小説】公衆便所男⑫

年内には決着つけたいのでちょっとペース上げてきます!!
 あと、お食事中の方はご遠慮下さいwww被害者がwwww

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などということを考えていたのだが、実際にトイレに入ってみると、それ程の悪臭は漂っていなかった。
 清掃も行き届いている。洗面所に置かれている観葉植物も目に気持ち良い。常に公正かつ公平で、極めて客観的な判断を心掛けている私だが、パーキングエリアに対してだけは少しばかり偏見を抱いていたのかもしれない。
 それにしても、パーキングエリアのトイレは無駄に天井が高い。床からの高さはゆうに5mを越すと思われる。天井には換気用と思われる巨大なファンがゴオオオという大きな音を立てて回っている。床には水が撒かれており、サンポールとは違う、業務用トイレット洗浄剤の臭いがした。
 私は16ある大個室のうち、右奥から数えて3番目の個室に入った。
 そこは洋式トイレであった。便器の細やかな部分にまで清掃が行き届いている。ウォシュレットも完備である。これが21世紀のパーキングエリアの実力なのか――道路公団もなかなか良い仕事をするではないか。私は嬉しくなった。
 
 ところで洋式便所にはよく、便座殺菌・洗浄用の薬液が設置されているが、あれを使用する者は本当に存在するのだろうか?いても少数派だと私は考えている。少なくとも私は使用したことが無い。便器を拭いた薬液が、尻に付着するのがイヤなのである。どう考えても皮膚に悪そうだ。 いくら他人の尻と間接的に接触するのがイヤだと言っても、尻から感染する伝染病など存在しまい。明らかに薬液で尻がかぶれるリスクの方が高い筈である。あの薬液の存在は現代人の潔癖すぎる気質を象徴しているような気がする。
 とは言えその気持ちが理解できないわけではない。他人の尻と間接キッスをするのは確かに気分が悪い。この便座はどんな汚い尻を受け入れ続けてきたのだろうと考え始めると、悪寒が走るのもまた事実である。この点に関しては和式便器の方が優れている気がする。和式便器であれば、間接ケツキッスのリスクからは完全に開放された排便タイムを堪能することができる。もっとも和式便器は、便器からウンコがはみ出すリスクが高いという致命的な欠点を抱えている。だから和式と洋式、どちらが優れているとは断言できない。唯一確かなことは、和式便器と洋式便器の間には、厳格なトレードオフの関係が存在しているという事であろう。

 このような高尚な思索に耽りながらズボンを下ろし、ブリーフを下げて
便座に着席すると、最早おなじみとなったあの台詞が目に飛び込んできた。

「Hello山下参上だよおおおおん♪捕まえられるモンなら捕まえてみな!!!」

 もう私は驚かない。もしかするとHello山下は、今この瞬間も私の近くにいて、私を観察しているのかもしれないが、あえて私は奴の姿を探さなかった。用心深いあの男の事だ。こんな場所で尻尾を掴ませるようなヘマをする筈はないであろう。
 
 Hello山下よ。ここまで来たのだから約束の場所――私たちのヴァルハラ――伊豆半島で堂々と対峙しようではないか。私は一切の小細工を抜きに、ただ一路伊豆を目指す。貴様は極めてずる賢く用心深い。ネコの如きしたたかさとネズミの如し小心さを兼ね備えた男だ。私は獲物を狙うハンターの心持ちで君を追いかけている。
 Hello山下よ。私にとって君は「獲物」だ。君はハントの対象以外の何物でもないのだ。君は私を欺き、この世界のどこかでほくそ笑んでいるのだろうが、そうしていられるのも今の内だけだ。私は必ず君を追い詰める。ゆっくりと、確実に、君の周りに敷いた包囲網の幅を狭めていく。君は後悔することになるだろう――私という男を本気にさせた事を。
 Hello山下よ、今や私は君に感謝さえしているのだ。君は私の燻った魂に薪をくべ、再び燃え上がらせてくれた。私は今、情熱のプロミネンスを燃え上がらせる太陽だ。この様な高揚感を味わうのは久々である。その礼と言っては何だが、たっぷりとお灸を据えてやろう。君が、人生の蹉跌を知らぬ青臭い学生であろうが、ワインを覚えたてのシュガー社員であろうがそんなことはどうだっていい。待っていろ、今に社会の厳しさを嫌と言うほど味あわせてやる。

 ――――Hello山下、もうすぐ君は私のものだ――――

 などという事を考えていたら、興奮のあまりウンコが直腸を逆流し、十二指腸の奥深くまで引っ込んでしまった。そう言えばここ一週間、ウンコらしいウンコをした記憶が無い。
 


                      (続く) 文責:魔王源

2008年12月07日

【小説】「公衆便所男⑬」

結局、私はウンコをせずに愛車Lexusへと戻った。

 厚木ICkmから60km強の距離を走り、沼津ICで高速を降りた。時刻は11:00を回ったところである。
 とりあえず、伊豆には着いた。しかし、一体どこへ行けばHello山下を見つけることができるというのか?奴からのメッセージは

【11月18日15:00 伊豆にて待つ】

 だけであった。これではあまりにも漠然としすぎている。ひとくくりに「伊豆」と言っても、非常に広範囲だ。私は伊豆のどの辺りに行くべきなのか?今からそれを考える必要がある。
 とは言え、考える材料が何も無い。唯一あるとすれば

【Hello山下はYou自身 Hello山下は左きき】

 という、夢の中で聞いた謎のメッセージだが、これは明らかに場所を特定するヒントにはならない。何か他に手がかりがある筈だ。それを早くみつけなければ―もたもたしていると、指定時刻の15:00を過ぎてしまうだろう。

 道路を走っていると、左側にセブンイレブンがあった。「7」のマークをぼんやりと眺めていると、私は猛烈な空腹感に襲われた。そういえば朝から何も食べていない。速度を落として、私はセブンイレブンの駐車場に車を止めた。
 何か食べ物を買うことにしよう―そう考え、自動ドアを潜った瞬間、ある考えが頭に閃いた。

 もしかすると――――
 店員に一声かけ、私はトイレへと向かった。

「・・・やっぱりあった…!!」

 思わず声を出してしまった。
 トイレに入った瞬間、私の目に飛び込んできたのは鏡に張られた張り紙であった。

【ピンポォォォォン♪大正解wなかなかいーセンスしてるじゃん。それじゃ、土肥金山へGoだ!!!】

 見覚えのある汚い字―間違いなくHello山下の筆跡である。奴との接点は常にトイレにあった。常に答えはトイレットに存在すのである。やはりHello山下は私をどこかで見張っている。私の先回りをして、悪趣味なイタズラを仕掛けていくのだ。

 ともかく、これで目的地は決まった。私はサンドウィッチと缶コーヒー、眠気覚ましのブラック・ブラックガムを購入すると、愛車Lexusへと戻った。サンドウィッチを頬張りつつ、カーナビに「どいきんざん」と打ち込む。カーナビは土肥金山へ続く一本の道を指し示した。<目的地まで、60kmです>と、カーナビが告げる。
 
「もうすぐ対面だ山下ァァァ!!!!!]

私はLexusのサイドブレーキを解除し、ギアをドライブモードに入れようとした。

(ん・・・?)

 その時バックミラーに<見慣れないもの>が映りこんでいることに気づいた。振り向いてみると、後部座席にビニール袋が放置されている。まったく身に覚えの無いものだ。

(なんだ?)
 私はビニール袋をこちらへ引き寄せ、中身を検めた。


「…これは…!?」

 中に入っていたのは、大量のイチジク浣腸器であった。図書館のトイレで発見したものと同一の製品である。
 Hello山下が車内に侵入したのか?間違いなくドアはロックした筈である。もしかすると、ずっと前から車内にあったものかもしれない。今朝は異常なまでに精神が高揚していた為、気づかなかったのではないだろうか。この短時間の内にドアロックに細工をし、Hello山下が侵入したとは考えにくい。Lexusのセキュリティシステムは伊達ではないのだ。恐らくは自宅で奴のラクガキを見つけたあの日から、このイチジク浣腸器はここに置かれていたに違いない。

 そこまで考えた後、私は我に帰った。それどころではない。Hello山下との対峙は目前である。イチジク浣腸器がいつ置かれたか、など極めて瑣末なことである。今は奴と如何に対峙し、如何に捕獲するべきかということに全ての思考を集中すべきである。

 私はLexusのアクセルを全開まで踏み込んだ。

                       (続く)   文責:魔王源

2008年12月13日

【小説】「公衆便所男⑭」

 PM2:00――――

 私は土肥金山に到着していた。伊豆中央道を駆け抜け、修善寺道路を突っ走り、西伊豆スカイラインを時速80kmでひた走りに走った。平日だけあって道路は空いていた。私とLexusは風となり、過疎化しつつある観光都市―伊豆を一気に駆け抜けた。

 土肥金山は、じつにいかがわしい観光施設だった。私は愛車Lexusをガラ空きの駐車場に停めた。大地に降り立った私を待ち受けていたのは、寂れた土産物売り場であった。
 看板を見ると確かに「土肥金山」とある。土産物売り場の左側に入場券売り場があり、そこが金山への入り口であった。入場券売り場には、とっくに人生を放棄し、夢も希望も失い、最早後は死ぬのを待つばかりといった感じの枯れきった貌をしている中年女がぼんやりと虚空を見つめながら座っていた。私はその女に「大人一枚」とだけ言い、入場料800円を支払った。

 不気味な人形が門番をしている武家屋敷風の門を潜ると、シケた庭園に出た。人っ子一人見当たらない。老人会の団体旅行ツアー客の一団くらい居ても良さそうなものだが、私以外の人間は誰も居ない。やっと人を見つけたと思ったら、これまた人形であった。 耳を澄ますと不気味な会話が聞こえてくる。庭園に設置されたスピーカーから、割れた音声で寸劇が流れているのだ。寸劇は金山での仕事模様を表現したものであった。
 しばらく庭園を歩いていくと小高い丘に突き当たった。その一角に、ぽっかりと穴が空いている場所がある。穴は崩落を防ぐため、木杭によって補強されている。そこが金山坑内への入り口であった。
 私は迷うことなく坑内へと歩を進めた。坑内はひっそりと静まり返っており、私の足音だけが不気味に木霊する。

 この中にHello山下は潜んでいるのだろうか?私は周囲をくまなく調べながら、奥へ奥へと進んでいった。坑内にはところどころに気味の悪い人形と共に解説の札が立てられており、当時の人々がどのようにして金山で働いていたのかを学ぶことができる。私はそんなものには全く目もくれず、Hello山下を探して先へ先へと進んだ。

 坑内は異常なまでに蒸し暑い。奥に行けば行くほど、その温度は上がっていくようだ。私は耐え切れなくなってコートを脱いだ。お気に入りのラルフローレンのポロシャツにも汗が滲んでいる。
 さらに進むと、池に突き当たった。Hello山下はいない。痕跡や手掛かりらしきものも見当たらない。他にする事も無いのでしょうがなく解説の立て札を読んでみると、池の成り立ちが書いてあった。どうやら金を求めて掘り進んでいくうちに、水脈にぶち当たってしまったらしい。この水のせいで金の採掘は難航したと立て札にはある。
 池の水温はかなり高いらしく、かすかに湯気が立ち昇っている。蒸し暑さの原因はここにあるようだ。

 池を覗き込むと、底に無数の5円玉と10円玉が沈んでいるのが見えた。恐らく観光客が投げ込んだものであろう。
 何故かはわからないが、日本人の観光客には「池をみると硬貨を投げ込む」という奇妙な習性がある。特に【ご利益があるから投げ込め】とかいう指示が無い池であっても、観光地の池の底には必ずと言って良いほど5円玉や10円玉が沈んでいる。恐らくパブロフの犬の如く、条件反射で投げ込んでいるのだろう。このような行為は実に下劣であり、迷惑行為以外の何物でもない。人間ならば獣じみた条件反射的行為は慎むべきである。
 
 少々話が脱線したようだが、ともかく池周辺にHello山下の痕跡らしきものは一切発見できなかった。
 私は金山坑内をさらに奥へ奥へと進んでいった。

 金山の最奥地点には、入浴する男女の人形が設置されていた。

「ふうぅぅぅ。仕事の後のひとっ風呂は最高だァ」

 という下手糞な寸劇が、またもやスピーカーから流れてくる。先程の池の水温もかなり高かったが、こちらの方からは温が噴出していたようだ。それを利用した温泉が、金山の坑内にはあったらしい。どうりで蒸し暑いわけである。
 
 坑内の最奥地点までやってきても、Hello山下は見つからなかった。時刻はPM2:30を回った。あと30分で約束の時間である。これは一体どういうことだろう?やはり単なる罠だったのか?私は少し心配になってきた。


 と、その時である。猛烈な腹痛が私を襲った。十二指腸・小腸・大腸・直腸・肛門―それら全てを駆け抜けるハルマゲドン級の痛み―最早それはバイオ・ハザードと言っても過言ではない程の苦痛であった。そういえばこの数週間、まともにウンコをした記憶がない。何かにつけてHello山下に邪魔されて、満足のいく排便のできぬまま今日に至ってしまっているのだ。

 ここは金山坑内でも最奥地点にあたる。こんな所にトイレットなどあろう筈もない。まさかここで野糞をするわけにもいかない。こんな密閉された空間で粗相をしようものなら、その臭いは未来永劫坑内に染み付き、私は子々孫々に至って糾弾を受けることになるに違いない。そうなれば末代までの恥である。

 私は爆発しそうになる肛門を押さえ、出口の方へと走った。


                    (続く) 文責:魔王源

2008年12月14日

【小説】「公衆便所男⑮」

 私はトイレを求めて走った。
 トイレ・トイレ・トイレットだ。この20年間というもの、理想のトイレットを求めて探求を続けてきた私だが、今ほど切実にトイレを求めたことは無い。
 私は今、ただ「排泄」という目的の為だけに―心の底からトイレを求めていた。

 坑内を3分程走ると、出口が見えた。外から光が入り込んできている。冷たい外気が坑内へと流れ込んで来るのを肌で感じた。
 金山を飛び出した私は、一目散に目の前にあった建物に飛び込んだ。そこは資料室となっており、土肥金山の歴史や地理などを解説するパネルや模型などが展示されていた。目玉は重量が250kg・時価6億円相当の巨大金塊のようである。老夫婦が金塊の前で「南無阿弥陀仏」を繰り返しながら両手を擦り合わせているのが目に入った。それはこの私以外の客を初めて発見した瞬間でもあった。
 だが今は、そんな事は本当にどうだっていい。緊急事態なのだ。私の肛門は悲鳴にも似たエマージェンシー・コールを発令している。

「スイマシェェェェン!!!!ト…ト、トイレは何処にありますかぁぁぁ!?」

 私は資料室に立っていた従業員の女に尋ねた。私は物凄い形相をしていたらしく、女は怯えた様子で「あっち」と指差した。私は女の指差す方向へと方向転換し、全力で走った。

 急がなければ―――
 爆発の時まで、最早一刻の猶予も無い。

 私は建物の外へ飛び出した。どうやらトイレは離れに建てられているようだった。「どこだぁぁっ!?」と叫び声を上げながら辺りを見渡すと、左手に青と赤のトイレット・マークを発見した。私はその方向へ走った。

 間に合うのか?
 それともメルト(※注)してしまうのか―――?
 
 いずれにせよ、あと数秒で決着がつく。私は必死で走った。驚くべきことに私の目に移る空間は色を失っており、後ろに遠ざかる風景はスローモーションとなって見えた。全力で走っている筈なのだが、鉛の服を着せられたように体が重く、一向に前に進んでいかない。
 まさしくそれは【ZONE体験】であった。人間の集中力が極限まで高められたとき、脳は特定の目的を達成するために、必要のない情報を遮断してしまうのだと言われている。この時あまりにも脳が高速回転するために、ZONE体験者は時間が止まったように感じるのだそうだ。トップアスリートの多くは、競技に極度に集中した際【ZONE体験】を経験すると言う。また、臨死体験をした者も同じ体験をしたという報告がある。これは仏教の修行僧が瞑想中に体験する【ニルヴァーナ体験】と同一のものであろう。
 何はともあれ今、まさにそれが私の脳に起こっていた。

 トイレ到着まで、あと3秒―――
 2・1―――――――――

 私はなんとかメルトせずにトイレに辿り着くことができた。が、そこで私を意外な人物に出くわしてしまった。洗面所で手を洗っている、冴えない肥満体の四十男――労働組合長の大垣であった。

 大垣を目にした瞬間、私は湧き上がってきた怒りで我を忘れた。メルト寸前だった筈のウンコはマグマの如し憤怒によって再び大腸の奥深くへと押し戻されたのだろうか、不思議と腹痛はぴたりと止んでしまった。

「大垣貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!!!!!!」

 私は大垣に飛びかかった。そう言えば大垣は左利きである。夢の中でHello山下が言った【Hello山下は左利き】とは、やはり大垣を指していたのだ。

「ま、待て!なんだ!?どうしたというんだ!?落ち着け!!!!」

「今更何を言う!!大垣、貴様が私を伊豆に呼び出したんだろうが!」

「ええっ?どういうことだ?お前こそ俺を呼び出したんだろ、川上!!!」

「何…?」

 マウントポジションから正拳突きを繰り出そうとしていた私は、ギリギリの所で手を止めた。

「お前が【11月18日15:00 伊豆の土肥金山にて待つ。火急の用にて必ず来られたし】なんていうメールをよこすもんだから、わざわざ年休を取得して伊豆くんだりまで来たんじゃないか!」

 なんということだ。無論そのようなメールを送信した覚えは、私には無い。もしや、と思い携帯電話を確認すると、確かに11月10日付けでその旨のメールが送信されていた。
 私は大垣から手を離し、立ち上がった。

「一体なんだっていうんだ!?」

 大垣が真っ赤な顔をして問い詰めてくる。私は何も言えず、その場に立ち尽くした。


 薄々、感付いてはいたのだが―――

 やはりHello山下の正体は「私」なのか?


                     (続く) 文責:魔王源


※注 メルト:ウンコを漏らす事。

2008年12月17日

【小説】「公衆便所男⑯」

 Hello山下とは、私自身なのか――?
 
 これほど正確に私の行く道を先回りして落書きを残していくなど、殆ど不可能な話だ。それができるのは私自身しかいない。仮に私が多重人格者であり、夢遊病のような状態でトイレに落書きを残していたとすれば、これまでに起こった全ての怪事件にも納得のいく説明がつく。
 全ては私の自作自演なのだろうか?家に見慣れぬサインペンがあったのも、Lexusの中に多量のイチジク浣腸器が放置されていたのも、全て「もうひとりの私」の仕業なのだろうか?

 だが、まだ疑問は残されている。仮に私が多重人格者で、全てが自作自演だったとすれば、私には【空白の時間】が存在している筈だ。ところが私にはそんな記憶はない。初めてHello山下の落書きに遭遇した11月4日から今日までの間、私の記憶は途切れていないのである。
 加えて、夢の中でHello山下が残したメッセージ

【Hello山下はYou自身、Hello山下は左利き】

 の【左利き】の部分にも説明がつかない。私は右利きである。仮に、Hello山下が私なのだとしたら、これは何を意味しているのだろう?


「…あ…!」


 ふと、ある光景が私の頭の中をよぎった。

 幼児が勉強机に座らされている。後ろには見知らぬ女が立っている。幼児の目の前には迷路が置いてあり、幼児はスタートからゴールまで、迷路を鉛筆でなぞらなければいけない。
 幼児は震える右手で鉛筆を持ち、たどたどしい線で迷路をなぞっていく。左手を使おうとすると、女の厳しい叱責が飛ぶ。幼児は泣きながら、右手を使って必死で迷路をなぞっていく――


(もしかすると…)


 私はHello山下が残したサインペンを左手で持ち、トイレの壁に【Hello山下参上!】と書いてみた。右利きである私は、左手で字など書いたことは無い筈だ。にも関わらず、私の左手はスラスラと文字を書いていった。
 
 
           【Hello山下参上!】


 そこに現れたのは、Hello山下の筆跡そのものだった。
 気づかぬうちに私は涙を流していた。
 そうだ。
 あの幼児は、私だ――――

 あれは幼かった私の、利き手の矯正訓練の思い出だ。幼い頃、両親が共働きだった私は「プレイルーム」と呼ばれる保育施設に預けられていた。その施設の教育方針で、左利きの児童は無理やり右利きに矯正させられたのだ。私は「プレイルーム」が大嫌いだった。イヤでイヤで仕方なかった。私は両親に何度も「あそこへはいきたくない」と訴えた。だが、その言葉は聞き入れられなかった。「ワガママを言うんじゃない」と叱られて、泣きながら渋々プレイルームに通ったのだ。

 やはりHello山下は私だったのだ。長い間抑えつけられていた「もうひとりの私」は、心の深い所に隠れていて、ずっと外に出られるのを待っていた。自分の存在を知らせるチャンスを、今か今かと待ち続けていたのだ。その私がHello山下となって現れた。数々の悪戯は「自分の存在を認めてもらいたい」という、もうひとりの私からの必死のサインだったのだ。

 
 それがこの珍妙なる事件の真相だろう。


「ぐるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるぅぅぅぅぅぅぅる」

 その時、聞いたこともないような奇妙な重低音がトイレ内に鳴り響いた。

(なんの音だろう?)

 私は音の源を探した。
 その音は、私の腹の奥から発せられていた。
 次の瞬間、猛烈な腹痛が私を襲った。
 そうだ、私はメルトしそうだった筈だ。
 大丈夫、ここはトイレットだ。
 大便器までは数メートルも離れていない。
 全ての謎は解けた。
 心置きなく排便の快感に酔いしれようではないか。


 だが――――


 すさまじい炸裂音と共に、私の肛門は弾け飛んだ。

 
                       (続く) 文責:魔王源

2008年12月20日

【小説】「公衆便所男⑰」

 ふと気付くと、私は公衆便所の大個室にいた。

 土肥金山ではない。見覚えのあるトイレだ。会社の最寄り駅付近にあるトイレットである。
 左手にはサインペンを握っている。便所の壁を見つめていると、何やら妙に落書きがしたくなり、

【Hello山下参上~☆】

 と書いた。その字を見て、実感した。やはり私がHello山下だったのだ。

 ふらふらした足取りで個室を出る。
 洗面所の鏡に映った自分を見て驚いた。そこに移っているのは私だったが「私」に似ても似つかぬ男だった。
 私は薄くなりつつある髪をポマードでなでつけ、スタジャンを着て、首から金属でできたイルカのペンダントを下げていた。スタジャンの胸ポケットには金縁のサングラスが入っている。私はこの男には見覚えがあった。図書館で見かけた浮浪者である。

 一体どういうことだ?
 何故私がこんな格好をしているんだ?
 私は混乱してきた。だが、次の瞬間さらに私を混乱させる事態が発生した。
 一人の男が公衆便所に入ってきたのだ。さえないスーツを着た髪の薄い40男―ジャパニーズ・サラリーマンの典型中の典型とも言えるルックスの男――まさしくそれは「私」であった。
 「私」は私に一瞥をくれると、そそくさと大個室へと入っていった。しばらくすると「カラカラカラ」という、トイレットペーパーホルダーが回る音がして、その直後に

「何が【Hello山下参上~☆】だ!!ふざけるんじゃない!!!!!」

 という声が聞こえてきた。「私」の声である。

 何が何やらわからず、私は公衆便所の外に出た。

(もしかすると…!!!)

 スタジャンのポケットに携帯電話が入っているのに気付いた私は、携帯電話を取り出して、画面に映っている日付を確認してみた。
 そこには「11月4日12:05」と表示されていた。
 間違いない。その日は私がHello山下を始めて発見した日である。

 しばらくすると「私」がなにやらブツクサとぼやきながら公衆便所から出てきた。それを見た私は 猛ダッシュで駅の階段を駆け上り、向かい側にあるトイレへと飛び込んだ。そこにはウンコ塗れで汚濁の極みにある便器がひっそりと佇んでいた。あの日と全く同じ光景である。大急ぎで私は、壁に

 【Hello山下☆参上だよーん!!!\(^o^)/】

 と殴り書き、トイレを飛び出した。Hello山下の落書きを再び目撃し、憤慨した私が次に向かう場所は、スーパーマーケットである。急いでスーパーに行かなくてはいけない。再び私は走り出した。

 恐らくはこういうことではないだろうか―――
 私の体内には二週間分の滞留便が存在していた。その滞留便が発生させたメタンガスが、メルトしてしまった羞恥心のエネルギーで核分裂を起こし、時空を捻じ曲げる程の膨大なエネルギーを生み出したのだ。あの瞬間、土肥金山のトイレ内にマイクロブラックホールが出現したに違いない。このブラックホールに吸い込まれた結果私は、11月4日にタイムトリップしてしまったのだ。

 やや苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、そんな事はどうだっていい。現に私は11月4日の世界に存在しているのだ。実際そうだったんだからそれでいいのである。
 何よりも大切な事は、私は「私」を、なんとしても11月18日の15:00に、伊豆の土肥金山にまで誘導しなくてはいけない―ということだ。もし失敗すれば、私がタイムトリップしたという「事実」が失われてしまう。その瞬間、時空は矛盾を解決するために、11月4日に存在している私の存在を消滅させるかもしれない。奇しくも学生時代に見た、くだらないB級ハリウッド映画と同じ展開である。

 どうすれば良いかはわかっている。私はHello山下がとった行動を完全にトレースしさえすれば良い。これから私はスーパーマーケットのトイレに巨大なウンコを配置し、落書きを仕掛ける。次に私は図書館に向かって、イチジク浣腸器と悪臭を仕掛ける…このようにして、完全にHello山下になり切ることさえできれば、私は「私」を伊豆へと誘導することができるだろう。
 成功する可能性は五分五分だ。ひとつ間違えば私の存在はロスト―即ち消滅である。まったくもってとんでもない災難に見舞われたものである。

 だが、この時私の心に不思議と恐怖はなかった。形容し難い高揚感に私は包まれていた。

 ―――今、私は間違いなく生きている。
 どうしてもやり遂げなくてはいけない使命、ミッションが存在する。

 この20年の間、すなわちA電機に入社してからの私は生きた屍のような存在だった。私は目的を失い、生きる気力を失っていた。人生への情熱は失われ、自宅と会社の間を行き来するだけの毎日を送っていた。確かに両親の言ったように、良い大学に入り、大企業に入社することで生活への不安は無くなった。A電機に在籍している限り、住む家と食べるものに一生困ることは無いだろう。A電機は私に「安定」と「保障」を与えてくれた。
 だが、その引き換えに私が払った代償は、私にとってあまりにも大きすぎた。私は「生活」がしたかった。「生きている」という実感を毎日の中に感じていたかった。自分が生きた証がずっと欲しかったのだ。こんな簡単なことに、追い込まれるまで気付けなかった。

 だが、今は違う。
 今、私は生きている。
 もしも運良く「私」を伊豆に導くことができて、
 11月19日を迎えることができたら――人生をやり直そう。
 私にとって本当に大切なものが、きっと見つかるはずだ。


 そう、これは「災難」なんかじゃない。
 人生に行き詰っていた私に、神が与えてくれた「プレゼント」なのだ。


                (続く) 文責:魔王源

2008年12月21日

【小説】「公衆便所男⑱」

 私は今、図書館のトイレットに潜んでいる。
 浮浪者になりすまし(というか、この時空に飛ばされてきた時には既に浮浪者ファッションだったのだが。)私は「私」を待った。
 既に壁には、

「Hello山下!!!参☆上~♪ どう?びっくりした?」

 とサインペンで書きなぐってある。

 まったくもって、とんでもないことになったものだ。
 スーパーマーケットの仕掛けにはなんとか間に合った。懸念材料であった巨大便は、何者かによって既に産み落とされた後だったので、私の仕事は【Hello山下参上】の落書きを残し、洋式便器の蓋を閉めるだけで事足りた。この時ほど他人様の排泄物に感謝の念を抱いたことはない。
 踵を返して薬局へ走り、イチジク浣腸を大量に購入した。都合良くスタジャンのポケットには、皺くちゃになった一万円札が放り込まれていた。なんと聖徳太子の一万円札である。時代錯誤もいいところだ、と思ったが、スタジャンを着て浮浪者となった私にはお似合いだとも感じた。

 図書館のトイレットの仕掛けで問題になるのは「悪臭」である。あの時便器周辺に漂っていた匂いは、この世のものとは到底思えぬ程の猛烈な臭いであった。あの臭いはちょっとやそっとのウンコでは再現できまい。いかにしてあの臭いを生み出すか?

 あの臭いを生み出せるものがこの世に存在するとしたら―?

 咄嗟に思いついた答えは「ドリアン」であった。図書館へ向かう道の途中、私は果実店の店先に並んでいた、ひときわ目立つグロテスクな果実に目を奪われた。「これだ、これしかない」と確信した私は、イチジク浣腸器を購入した釣銭をはたき、ドリアンを購入した。
 そのドリアンを、大個室内で真っ二つにして、浄化槽の中に放り込んだ。とてつもない悪臭がトイレ内に充満した。止めに自らの肛門にイチジク浣腸を使用する。私の腹の中に残留していた滞留便は、タイムトリップの際に核エネルギーとなって消滅してしまっため、殆ど残ってはいなかった。それでもないよりはあった方がマシだろう。冷たい薬液が腸内に循環して息、腹部に鈍い痛みが走った。
 
 排泄を済ませてしばらくすると、ドアをノックする音が聞こえた。
 言うまでもなく「私」である。あの時の状況を慎重に思い出しながら、私は20分間息を潜めて待った。
 するとガチャガチャとノブを回す音が聞こえてきた。しびれを切らした「私」は何度もノックを繰り返している。あの日と全く同じ状況だ。とは言え「私」も、個室の中に隠れているのが他ならぬ私自身だとは思いも寄らないだろう。

「うるせえっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 私は目一杯ドスを聞かせた声でそう叫び、ドアを蹴り飛ばした。少しの間があった後、「私」は再びノブをガチャガチャやり始めた。予想通りの展開である。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…!!!!!!」

 私は必死でキレかけた浮浪者を演じた。その後3度ドアをノックする音が聞こえ、「私」はトイレから去っていった。私はほっと胸を撫で下ろした。どうやらこの場はなんとかうまくしのげた様である。後は犯人を捜すフリをしながら、図書館を後にすればいい。 

 さて次は、私の自宅である。

                     (続く) 文責:魔王源

2008年12月31日

【小説】「公衆便所男 最終回」

 12月某日―
 私はある酒の席に座っていた。私の送別会である。

 私は「私」を、なんとか土肥金山に導くことに成功した。「私」は大垣の面前でメルトし、次の瞬間大声で叫んだかと思うと閃光に包まれ、その光の中に消えていった。私は大垣に駆け寄り、「何だ?一体何なんだよコレは?え?川上説明しろおお!!!」とわめく大垣に平謝りし、なんとかその場を取り繕った。
 今、私がこうして存在していると言うことは、11月4日にタイムトリップした「私」も、無事【私】を伊豆へと導くことに成功したということだろう。実にややこしい話だが、ともかく私はこうして無事、酒を呑んでいる。

 私はこれからどこへ向かうのだろう?あては全く無い。土肥金山から帰った私は、会社に辞表を提出した。私の上司にあたる男は「そうですか、そうですか、まあ色々と事情もあるんでしょうが、あえて理由は聞かないことにしておきましょう。貴方のような優秀な人材に辞職されることは、当社としても非常に手痛い話ではありますが、我々はなんとかやっていきますので川上さんもお元気で。」という有難いお言葉を受け取った。私はとくにこれといった感傷も無く、残った仕事の引継ぎ作業に取り掛かった。

 数日後、会社近くの居酒屋で私の送別会が行われることになった。宴会好きの社員が企画した、送別会とは名ばかりの席だ。それが今である。宴の初っ端に私は、お別れのスピーチを喋るよう笑顔で強要された。こうなることは予測してあったので、スピーチは事前に用意してあった。私は何の感慨もなく、スピーチを朗読した。
 無論誰も聞いていない。私がスピーチをしている間、皆それぞれに気の合う仲間と雑談を交わしていた。当然であろう。私は社内で緊密な人間関係を作らなかったし、作りたいとも全く思わなかった。

 私はBeFreeの社員達と、目標や価値観といったものを共有する事がどうしても出来なかった。私の目的は一にも二にも「金」であって、それ以外の何物でもなかったのだから当然と言えば当然だろう。
 BeFreeは決して大きな会社ではない。空前の大不況が製造業界に大打撃を与えている今、BeFreeは未曾有の窮地に立たされている。
 BeFreeは事実上A電機の子会社である。A電機から降りてくる仕事を消化しているだけの会社だ。営業部門は存在しているが、その活動と言えばA電機へのゴマすり以外には何もない。このような状況では「BeFreeはA電機の一部門」と言っても過言ではないだろう。

 だが、書類の上ではれっきとした別々の企業である。「A電機はBeFreeの一顧客に過ぎない」ということになっているのだ。それは大企業が生み出した、姑息な生き残りの知恵であった。いざとなればA電機はBeFreeを容赦なく切るだろう。大企業は一にも二にも自社を守ることを最優先する。それが会社組織というものが持つ非情な自己保存本能である。そこに「義理」や「情」といったものが入る余地などない。
 いずれBeFreeは存亡の危機に立たされるだろう。私の目の前で楽しそうに酒を飲んでいる彼らは、力を合わせてこの危機を乗り越えていかなければならない。そこには知恵と、勇気と、工夫と、チームワークと、社員たちの多大な自己犠牲を要するであろう。

 だが、私にはそんなことどうだっていい。BeFreeが潰れようが、同僚が路頭に迷おうが、私の心は微塵にも痛まない。私はBeFreeに張り付いた一匹の寄生虫に過ぎない。それは重々承知の上で、私は甘い汁を吸い続けてきた。

 だが、そろそろ潮時だろう。私は私の道を行く。
 さらば、BeFree。
 長い間金蔓として機能してくれて本当にありがとう。

 などという事を考えながら酒を呑んでいると、ふいにウンコがしたくなった。

「ちょっと失礼。」

 と言って私は席を立ち、トイレへと向かった。居酒屋は狭く、無駄に入り組んでおり、トイレはなかなか見つからなかった。私は女学生と思われる派手な化粧をしたアルバイトの店員からトイレの在り処を聞き出し、調理場の奥の方に存在しているトイレへと向かった。


 そのトイレは洋式便所だった。特になんのトラブルも無く、私はズボンを下ろし、便座に座り、排泄を始めた。
 排泄を妨害するような障害は何も無かった。実に平和なものである。Hello山下がいなくなった今、私の神経を逆なでするようなトラブルは最早起こりえない。
 何故かはわからないが、それを少し寂しく思った。

 排泄を終えた私は、これまでの習慣から、半ば反射的に例のラクガキを探した。

 (酔狂な話だ…)
 
 と自分を笑いながら、私の目は懐かしい文字を探した。
 勿論見つかりっこないことは重々承知の上だ。ただ、あのラクガキを探すという行為の懐かしさに酔いしれていた。


 だが、驚いたことに――――
 それは、大個室のドア中心付近に、あっさりと見つかった。


    「シーユー・アゲイン!!!   byHello山下」

 
 その文字が何故、そこに存在していたのか?理由はわからない。勿論私には全く身に覚えの無い話だ。この事に理路整然とした説明をつけることは出来ない。また、この謎を解明しようとも思わなかった。

 ただ、何故だかとても嬉しくなった。
 気付けば私は少しだけ、涙ぐんでいた。

                        (完)


それでは皆さん、良いお年をー♪   魔王源


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