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【小説】「公衆便所男⑰」

 ふと気付くと、私は公衆便所の大個室にいた。

 土肥金山ではない。見覚えのあるトイレだ。会社の最寄り駅付近にあるトイレットである。
 左手にはサインペンを握っている。便所の壁を見つめていると、何やら妙に落書きがしたくなり、

【Hello山下参上~☆】

 と書いた。その字を見て、実感した。やはり私がHello山下だったのだ。

 ふらふらした足取りで個室を出る。
 洗面所の鏡に映った自分を見て驚いた。そこに移っているのは私だったが「私」に似ても似つかぬ男だった。
 私は薄くなりつつある髪をポマードでなでつけ、スタジャンを着て、首から金属でできたイルカのペンダントを下げていた。スタジャンの胸ポケットには金縁のサングラスが入っている。私はこの男には見覚えがあった。図書館で見かけた浮浪者である。

 一体どういうことだ?
 何故私がこんな格好をしているんだ?
 私は混乱してきた。だが、次の瞬間さらに私を混乱させる事態が発生した。
 一人の男が公衆便所に入ってきたのだ。さえないスーツを着た髪の薄い40男―ジャパニーズ・サラリーマンの典型中の典型とも言えるルックスの男――まさしくそれは「私」であった。
 「私」は私に一瞥をくれると、そそくさと大個室へと入っていった。しばらくすると「カラカラカラ」という、トイレットペーパーホルダーが回る音がして、その直後に

「何が【Hello山下参上~☆】だ!!ふざけるんじゃない!!!!!」

 という声が聞こえてきた。「私」の声である。

 何が何やらわからず、私は公衆便所の外に出た。

(もしかすると…!!!)

 スタジャンのポケットに携帯電話が入っているのに気付いた私は、携帯電話を取り出して、画面に映っている日付を確認してみた。
 そこには「11月4日12:05」と表示されていた。
 間違いない。その日は私がHello山下を始めて発見した日である。

 しばらくすると「私」がなにやらブツクサとぼやきながら公衆便所から出てきた。それを見た私は 猛ダッシュで駅の階段を駆け上り、向かい側にあるトイレへと飛び込んだ。そこにはウンコ塗れで汚濁の極みにある便器がひっそりと佇んでいた。あの日と全く同じ光景である。大急ぎで私は、壁に

 【Hello山下☆参上だよーん!!!\(^o^)/】

 と殴り書き、トイレを飛び出した。Hello山下の落書きを再び目撃し、憤慨した私が次に向かう場所は、スーパーマーケットである。急いでスーパーに行かなくてはいけない。再び私は走り出した。

 恐らくはこういうことではないだろうか―――
 私の体内には二週間分の滞留便が存在していた。その滞留便が発生させたメタンガスが、メルトしてしまった羞恥心のエネルギーで核分裂を起こし、時空を捻じ曲げる程の膨大なエネルギーを生み出したのだ。あの瞬間、土肥金山のトイレ内にマイクロブラックホールが出現したに違いない。このブラックホールに吸い込まれた結果私は、11月4日にタイムトリップしてしまったのだ。

 やや苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、そんな事はどうだっていい。現に私は11月4日の世界に存在しているのだ。実際そうだったんだからそれでいいのである。
 何よりも大切な事は、私は「私」を、なんとしても11月18日の15:00に、伊豆の土肥金山にまで誘導しなくてはいけない―ということだ。もし失敗すれば、私がタイムトリップしたという「事実」が失われてしまう。その瞬間、時空は矛盾を解決するために、11月4日に存在している私の存在を消滅させるかもしれない。奇しくも学生時代に見た、くだらないB級ハリウッド映画と同じ展開である。

 どうすれば良いかはわかっている。私はHello山下がとった行動を完全にトレースしさえすれば良い。これから私はスーパーマーケットのトイレに巨大なウンコを配置し、落書きを仕掛ける。次に私は図書館に向かって、イチジク浣腸器と悪臭を仕掛ける…このようにして、完全にHello山下になり切ることさえできれば、私は「私」を伊豆へと誘導することができるだろう。
 成功する可能性は五分五分だ。ひとつ間違えば私の存在はロスト―即ち消滅である。まったくもってとんでもない災難に見舞われたものである。

 だが、この時私の心に不思議と恐怖はなかった。形容し難い高揚感に私は包まれていた。

 ―――今、私は間違いなく生きている。
 どうしてもやり遂げなくてはいけない使命、ミッションが存在する。

 この20年の間、すなわちA電機に入社してからの私は生きた屍のような存在だった。私は目的を失い、生きる気力を失っていた。人生への情熱は失われ、自宅と会社の間を行き来するだけの毎日を送っていた。確かに両親の言ったように、良い大学に入り、大企業に入社することで生活への不安は無くなった。A電機に在籍している限り、住む家と食べるものに一生困ることは無いだろう。A電機は私に「安定」と「保障」を与えてくれた。
 だが、その引き換えに私が払った代償は、私にとってあまりにも大きすぎた。私は「生活」がしたかった。「生きている」という実感を毎日の中に感じていたかった。自分が生きた証がずっと欲しかったのだ。こんな簡単なことに、追い込まれるまで気付けなかった。

 だが、今は違う。
 今、私は生きている。
 もしも運良く「私」を伊豆に導くことができて、
 11月19日を迎えることができたら――人生をやり直そう。
 私にとって本当に大切なものが、きっと見つかるはずだ。


 そう、これは「災難」なんかじゃない。
 人生に行き詰っていた私に、神が与えてくれた「プレゼント」なのだ。


                (続く) 文責:魔王源

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コメント (2)

もこたん:

かくぶんれつwwwwwwwwwwwww

まおうげん:

暴挙に出てみましたw

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2008年12月20日 22:39に投稿されたエントリーのページです。

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