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【小説】「公衆便所男⑮」

 私はトイレを求めて走った。
 トイレ・トイレ・トイレットだ。この20年間というもの、理想のトイレットを求めて探求を続けてきた私だが、今ほど切実にトイレを求めたことは無い。
 私は今、ただ「排泄」という目的の為だけに―心の底からトイレを求めていた。

 坑内を3分程走ると、出口が見えた。外から光が入り込んできている。冷たい外気が坑内へと流れ込んで来るのを肌で感じた。
 金山を飛び出した私は、一目散に目の前にあった建物に飛び込んだ。そこは資料室となっており、土肥金山の歴史や地理などを解説するパネルや模型などが展示されていた。目玉は重量が250kg・時価6億円相当の巨大金塊のようである。老夫婦が金塊の前で「南無阿弥陀仏」を繰り返しながら両手を擦り合わせているのが目に入った。それはこの私以外の客を初めて発見した瞬間でもあった。
 だが今は、そんな事は本当にどうだっていい。緊急事態なのだ。私の肛門は悲鳴にも似たエマージェンシー・コールを発令している。

「スイマシェェェェン!!!!ト…ト、トイレは何処にありますかぁぁぁ!?」

 私は資料室に立っていた従業員の女に尋ねた。私は物凄い形相をしていたらしく、女は怯えた様子で「あっち」と指差した。私は女の指差す方向へと方向転換し、全力で走った。

 急がなければ―――
 爆発の時まで、最早一刻の猶予も無い。

 私は建物の外へ飛び出した。どうやらトイレは離れに建てられているようだった。「どこだぁぁっ!?」と叫び声を上げながら辺りを見渡すと、左手に青と赤のトイレット・マークを発見した。私はその方向へ走った。

 間に合うのか?
 それともメルト(※注)してしまうのか―――?
 
 いずれにせよ、あと数秒で決着がつく。私は必死で走った。驚くべきことに私の目に移る空間は色を失っており、後ろに遠ざかる風景はスローモーションとなって見えた。全力で走っている筈なのだが、鉛の服を着せられたように体が重く、一向に前に進んでいかない。
 まさしくそれは【ZONE体験】であった。人間の集中力が極限まで高められたとき、脳は特定の目的を達成するために、必要のない情報を遮断してしまうのだと言われている。この時あまりにも脳が高速回転するために、ZONE体験者は時間が止まったように感じるのだそうだ。トップアスリートの多くは、競技に極度に集中した際【ZONE体験】を経験すると言う。また、臨死体験をした者も同じ体験をしたという報告がある。これは仏教の修行僧が瞑想中に体験する【ニルヴァーナ体験】と同一のものであろう。
 何はともあれ今、まさにそれが私の脳に起こっていた。

 トイレ到着まで、あと3秒―――
 2・1―――――――――

 私はなんとかメルトせずにトイレに辿り着くことができた。が、そこで私を意外な人物に出くわしてしまった。洗面所で手を洗っている、冴えない肥満体の四十男――労働組合長の大垣であった。

 大垣を目にした瞬間、私は湧き上がってきた怒りで我を忘れた。メルト寸前だった筈のウンコはマグマの如し憤怒によって再び大腸の奥深くへと押し戻されたのだろうか、不思議と腹痛はぴたりと止んでしまった。

「大垣貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!!!!!!」

 私は大垣に飛びかかった。そう言えば大垣は左利きである。夢の中でHello山下が言った【Hello山下は左利き】とは、やはり大垣を指していたのだ。

「ま、待て!なんだ!?どうしたというんだ!?落ち着け!!!!」

「今更何を言う!!大垣、貴様が私を伊豆に呼び出したんだろうが!」

「ええっ?どういうことだ?お前こそ俺を呼び出したんだろ、川上!!!」

「何…?」

 マウントポジションから正拳突きを繰り出そうとしていた私は、ギリギリの所で手を止めた。

「お前が【11月18日15:00 伊豆の土肥金山にて待つ。火急の用にて必ず来られたし】なんていうメールをよこすもんだから、わざわざ年休を取得して伊豆くんだりまで来たんじゃないか!」

 なんということだ。無論そのようなメールを送信した覚えは、私には無い。もしや、と思い携帯電話を確認すると、確かに11月10日付けでその旨のメールが送信されていた。
 私は大垣から手を離し、立ち上がった。

「一体なんだっていうんだ!?」

 大垣が真っ赤な顔をして問い詰めてくる。私は何も言えず、その場に立ち尽くした。


 薄々、感付いてはいたのだが―――

 やはりHello山下の正体は「私」なのか?


                     (続く) 文責:魔王源


※注 メルト:ウンコを漏らす事。

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コメント (4)

K:

トイレに行く度に思い出して困りますw

K:

トイレに行く度に思い出して困りますw

もこたん:

どういうことなの・・・

まおうげん:

Kさん >それは光栄です♪
     どんどん思い出して下さい!!

もこたんさん>こっから先の回は謎解き編ですよん♪


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2008年12月14日 23:24に投稿されたエントリーのページです。

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