PM2:00――――
私は土肥金山に到着していた。伊豆中央道を駆け抜け、修善寺道路を突っ走り、西伊豆スカイラインを時速80kmでひた走りに走った。平日だけあって道路は空いていた。私とLexusは風となり、過疎化しつつある観光都市―伊豆を一気に駆け抜けた。
土肥金山は、じつにいかがわしい観光施設だった。私は愛車Lexusをガラ空きの駐車場に停めた。大地に降り立った私を待ち受けていたのは、寂れた土産物売り場であった。
看板を見ると確かに「土肥金山」とある。土産物売り場の左側に入場券売り場があり、そこが金山への入り口であった。入場券売り場には、とっくに人生を放棄し、夢も希望も失い、最早後は死ぬのを待つばかりといった感じの枯れきった貌をしている中年女がぼんやりと虚空を見つめながら座っていた。私はその女に「大人一枚」とだけ言い、入場料800円を支払った。
不気味な人形が門番をしている武家屋敷風の門を潜ると、シケた庭園に出た。人っ子一人見当たらない。老人会の団体旅行ツアー客の一団くらい居ても良さそうなものだが、私以外の人間は誰も居ない。やっと人を見つけたと思ったら、これまた人形であった。 耳を澄ますと不気味な会話が聞こえてくる。庭園に設置されたスピーカーから、割れた音声で寸劇が流れているのだ。寸劇は金山での仕事模様を表現したものであった。
しばらく庭園を歩いていくと小高い丘に突き当たった。その一角に、ぽっかりと穴が空いている場所がある。穴は崩落を防ぐため、木杭によって補強されている。そこが金山坑内への入り口であった。
私は迷うことなく坑内へと歩を進めた。坑内はひっそりと静まり返っており、私の足音だけが不気味に木霊する。
この中にHello山下は潜んでいるのだろうか?私は周囲をくまなく調べながら、奥へ奥へと進んでいった。坑内にはところどころに気味の悪い人形と共に解説の札が立てられており、当時の人々がどのようにして金山で働いていたのかを学ぶことができる。私はそんなものには全く目もくれず、Hello山下を探して先へ先へと進んだ。
坑内は異常なまでに蒸し暑い。奥に行けば行くほど、その温度は上がっていくようだ。私は耐え切れなくなってコートを脱いだ。お気に入りのラルフローレンのポロシャツにも汗が滲んでいる。
さらに進むと、池に突き当たった。Hello山下はいない。痕跡や手掛かりらしきものも見当たらない。他にする事も無いのでしょうがなく解説の立て札を読んでみると、池の成り立ちが書いてあった。どうやら金を求めて掘り進んでいくうちに、水脈にぶち当たってしまったらしい。この水のせいで金の採掘は難航したと立て札にはある。
池の水温はかなり高いらしく、かすかに湯気が立ち昇っている。蒸し暑さの原因はここにあるようだ。
池を覗き込むと、底に無数の5円玉と10円玉が沈んでいるのが見えた。恐らく観光客が投げ込んだものであろう。
何故かはわからないが、日本人の観光客には「池をみると硬貨を投げ込む」という奇妙な習性がある。特に【ご利益があるから投げ込め】とかいう指示が無い池であっても、観光地の池の底には必ずと言って良いほど5円玉や10円玉が沈んでいる。恐らくパブロフの犬の如く、条件反射で投げ込んでいるのだろう。このような行為は実に下劣であり、迷惑行為以外の何物でもない。人間ならば獣じみた条件反射的行為は慎むべきである。
少々話が脱線したようだが、ともかく池周辺にHello山下の痕跡らしきものは一切発見できなかった。
私は金山坑内をさらに奥へ奥へと進んでいった。
金山の最奥地点には、入浴する男女の人形が設置されていた。
「ふうぅぅぅ。仕事の後のひとっ風呂は最高だァ」
という下手糞な寸劇が、またもやスピーカーから流れてくる。先程の池の水温もかなり高かったが、こちらの方からは温が噴出していたようだ。それを利用した温泉が、金山の坑内にはあったらしい。どうりで蒸し暑いわけである。
坑内の最奥地点までやってきても、Hello山下は見つからなかった。時刻はPM2:30を回った。あと30分で約束の時間である。これは一体どういうことだろう?やはり単なる罠だったのか?私は少し心配になってきた。
と、その時である。猛烈な腹痛が私を襲った。十二指腸・小腸・大腸・直腸・肛門―それら全てを駆け抜けるハルマゲドン級の痛み―最早それはバイオ・ハザードと言っても過言ではない程の苦痛であった。そういえばこの数週間、まともにウンコをした記憶がない。何かにつけてHello山下に邪魔されて、満足のいく排便のできぬまま今日に至ってしまっているのだ。
ここは金山坑内でも最奥地点にあたる。こんな所にトイレットなどあろう筈もない。まさかここで野糞をするわけにもいかない。こんな密閉された空間で粗相をしようものなら、その臭いは未来永劫坑内に染み付き、私は子々孫々に至って糾弾を受けることになるに違いない。そうなれば末代までの恥である。
私は爆発しそうになる肛門を押さえ、出口の方へと走った。
(続く) 文責:魔王源
