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2008年12月 アーカイブ

2008年12月02日

【小説】公衆便所男⑫

年内には決着つけたいのでちょっとペース上げてきます!!
 あと、お食事中の方はご遠慮下さいwww被害者がwwww

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などということを考えていたのだが、実際にトイレに入ってみると、それ程の悪臭は漂っていなかった。
 清掃も行き届いている。洗面所に置かれている観葉植物も目に気持ち良い。常に公正かつ公平で、極めて客観的な判断を心掛けている私だが、パーキングエリアに対してだけは少しばかり偏見を抱いていたのかもしれない。
 それにしても、パーキングエリアのトイレは無駄に天井が高い。床からの高さはゆうに5mを越すと思われる。天井には換気用と思われる巨大なファンがゴオオオという大きな音を立てて回っている。床には水が撒かれており、サンポールとは違う、業務用トイレット洗浄剤の臭いがした。
 私は16ある大個室のうち、右奥から数えて3番目の個室に入った。
 そこは洋式トイレであった。便器の細やかな部分にまで清掃が行き届いている。ウォシュレットも完備である。これが21世紀のパーキングエリアの実力なのか――道路公団もなかなか良い仕事をするではないか。私は嬉しくなった。
 
 ところで洋式便所にはよく、便座殺菌・洗浄用の薬液が設置されているが、あれを使用する者は本当に存在するのだろうか?いても少数派だと私は考えている。少なくとも私は使用したことが無い。便器を拭いた薬液が、尻に付着するのがイヤなのである。どう考えても皮膚に悪そうだ。 いくら他人の尻と間接的に接触するのがイヤだと言っても、尻から感染する伝染病など存在しまい。明らかに薬液で尻がかぶれるリスクの方が高い筈である。あの薬液の存在は現代人の潔癖すぎる気質を象徴しているような気がする。
 とは言えその気持ちが理解できないわけではない。他人の尻と間接キッスをするのは確かに気分が悪い。この便座はどんな汚い尻を受け入れ続けてきたのだろうと考え始めると、悪寒が走るのもまた事実である。この点に関しては和式便器の方が優れている気がする。和式便器であれば、間接ケツキッスのリスクからは完全に開放された排便タイムを堪能することができる。もっとも和式便器は、便器からウンコがはみ出すリスクが高いという致命的な欠点を抱えている。だから和式と洋式、どちらが優れているとは断言できない。唯一確かなことは、和式便器と洋式便器の間には、厳格なトレードオフの関係が存在しているという事であろう。

 このような高尚な思索に耽りながらズボンを下ろし、ブリーフを下げて
便座に着席すると、最早おなじみとなったあの台詞が目に飛び込んできた。

「Hello山下参上だよおおおおん♪捕まえられるモンなら捕まえてみな!!!」

 もう私は驚かない。もしかするとHello山下は、今この瞬間も私の近くにいて、私を観察しているのかもしれないが、あえて私は奴の姿を探さなかった。用心深いあの男の事だ。こんな場所で尻尾を掴ませるようなヘマをする筈はないであろう。
 
 Hello山下よ。ここまで来たのだから約束の場所――私たちのヴァルハラ――伊豆半島で堂々と対峙しようではないか。私は一切の小細工を抜きに、ただ一路伊豆を目指す。貴様は極めてずる賢く用心深い。ネコの如きしたたかさとネズミの如し小心さを兼ね備えた男だ。私は獲物を狙うハンターの心持ちで君を追いかけている。
 Hello山下よ。私にとって君は「獲物」だ。君はハントの対象以外の何物でもないのだ。君は私を欺き、この世界のどこかでほくそ笑んでいるのだろうが、そうしていられるのも今の内だけだ。私は必ず君を追い詰める。ゆっくりと、確実に、君の周りに敷いた包囲網の幅を狭めていく。君は後悔することになるだろう――私という男を本気にさせた事を。
 Hello山下よ、今や私は君に感謝さえしているのだ。君は私の燻った魂に薪をくべ、再び燃え上がらせてくれた。私は今、情熱のプロミネンスを燃え上がらせる太陽だ。この様な高揚感を味わうのは久々である。その礼と言っては何だが、たっぷりとお灸を据えてやろう。君が、人生の蹉跌を知らぬ青臭い学生であろうが、ワインを覚えたてのシュガー社員であろうがそんなことはどうだっていい。待っていろ、今に社会の厳しさを嫌と言うほど味あわせてやる。

 ――――Hello山下、もうすぐ君は私のものだ――――

 などという事を考えていたら、興奮のあまりウンコが直腸を逆流し、十二指腸の奥深くまで引っ込んでしまった。そう言えばここ一週間、ウンコらしいウンコをした記憶が無い。
 


                      (続く) 文責:魔王源

2008年12月07日

【小説】「公衆便所男⑬」

結局、私はウンコをせずに愛車Lexusへと戻った。

 厚木ICkmから60km強の距離を走り、沼津ICで高速を降りた。時刻は11:00を回ったところである。
 とりあえず、伊豆には着いた。しかし、一体どこへ行けばHello山下を見つけることができるというのか?奴からのメッセージは

【11月18日15:00 伊豆にて待つ】

 だけであった。これではあまりにも漠然としすぎている。ひとくくりに「伊豆」と言っても、非常に広範囲だ。私は伊豆のどの辺りに行くべきなのか?今からそれを考える必要がある。
 とは言え、考える材料が何も無い。唯一あるとすれば

【Hello山下はYou自身 Hello山下は左きき】

 という、夢の中で聞いた謎のメッセージだが、これは明らかに場所を特定するヒントにはならない。何か他に手がかりがある筈だ。それを早くみつけなければ―もたもたしていると、指定時刻の15:00を過ぎてしまうだろう。

 道路を走っていると、左側にセブンイレブンがあった。「7」のマークをぼんやりと眺めていると、私は猛烈な空腹感に襲われた。そういえば朝から何も食べていない。速度を落として、私はセブンイレブンの駐車場に車を止めた。
 何か食べ物を買うことにしよう―そう考え、自動ドアを潜った瞬間、ある考えが頭に閃いた。

 もしかすると――――
 店員に一声かけ、私はトイレへと向かった。

「・・・やっぱりあった…!!」

 思わず声を出してしまった。
 トイレに入った瞬間、私の目に飛び込んできたのは鏡に張られた張り紙であった。

【ピンポォォォォン♪大正解wなかなかいーセンスしてるじゃん。それじゃ、土肥金山へGoだ!!!】

 見覚えのある汚い字―間違いなくHello山下の筆跡である。奴との接点は常にトイレにあった。常に答えはトイレットに存在すのである。やはりHello山下は私をどこかで見張っている。私の先回りをして、悪趣味なイタズラを仕掛けていくのだ。

 ともかく、これで目的地は決まった。私はサンドウィッチと缶コーヒー、眠気覚ましのブラック・ブラックガムを購入すると、愛車Lexusへと戻った。サンドウィッチを頬張りつつ、カーナビに「どいきんざん」と打ち込む。カーナビは土肥金山へ続く一本の道を指し示した。<目的地まで、60kmです>と、カーナビが告げる。
 
「もうすぐ対面だ山下ァァァ!!!!!]

私はLexusのサイドブレーキを解除し、ギアをドライブモードに入れようとした。

(ん・・・?)

 その時バックミラーに<見慣れないもの>が映りこんでいることに気づいた。振り向いてみると、後部座席にビニール袋が放置されている。まったく身に覚えの無いものだ。

(なんだ?)
 私はビニール袋をこちらへ引き寄せ、中身を検めた。


「…これは…!?」

 中に入っていたのは、大量のイチジク浣腸器であった。図書館のトイレで発見したものと同一の製品である。
 Hello山下が車内に侵入したのか?間違いなくドアはロックした筈である。もしかすると、ずっと前から車内にあったものかもしれない。今朝は異常なまでに精神が高揚していた為、気づかなかったのではないだろうか。この短時間の内にドアロックに細工をし、Hello山下が侵入したとは考えにくい。Lexusのセキュリティシステムは伊達ではないのだ。恐らくは自宅で奴のラクガキを見つけたあの日から、このイチジク浣腸器はここに置かれていたに違いない。

 そこまで考えた後、私は我に帰った。それどころではない。Hello山下との対峙は目前である。イチジク浣腸器がいつ置かれたか、など極めて瑣末なことである。今は奴と如何に対峙し、如何に捕獲するべきかということに全ての思考を集中すべきである。

 私はLexusのアクセルを全開まで踏み込んだ。

                       (続く)   文責:魔王源

2008年12月13日

【小説】「公衆便所男⑭」

 PM2:00――――

 私は土肥金山に到着していた。伊豆中央道を駆け抜け、修善寺道路を突っ走り、西伊豆スカイラインを時速80kmでひた走りに走った。平日だけあって道路は空いていた。私とLexusは風となり、過疎化しつつある観光都市―伊豆を一気に駆け抜けた。

 土肥金山は、じつにいかがわしい観光施設だった。私は愛車Lexusをガラ空きの駐車場に停めた。大地に降り立った私を待ち受けていたのは、寂れた土産物売り場であった。
 看板を見ると確かに「土肥金山」とある。土産物売り場の左側に入場券売り場があり、そこが金山への入り口であった。入場券売り場には、とっくに人生を放棄し、夢も希望も失い、最早後は死ぬのを待つばかりといった感じの枯れきった貌をしている中年女がぼんやりと虚空を見つめながら座っていた。私はその女に「大人一枚」とだけ言い、入場料800円を支払った。

 不気味な人形が門番をしている武家屋敷風の門を潜ると、シケた庭園に出た。人っ子一人見当たらない。老人会の団体旅行ツアー客の一団くらい居ても良さそうなものだが、私以外の人間は誰も居ない。やっと人を見つけたと思ったら、これまた人形であった。 耳を澄ますと不気味な会話が聞こえてくる。庭園に設置されたスピーカーから、割れた音声で寸劇が流れているのだ。寸劇は金山での仕事模様を表現したものであった。
 しばらく庭園を歩いていくと小高い丘に突き当たった。その一角に、ぽっかりと穴が空いている場所がある。穴は崩落を防ぐため、木杭によって補強されている。そこが金山坑内への入り口であった。
 私は迷うことなく坑内へと歩を進めた。坑内はひっそりと静まり返っており、私の足音だけが不気味に木霊する。

 この中にHello山下は潜んでいるのだろうか?私は周囲をくまなく調べながら、奥へ奥へと進んでいった。坑内にはところどころに気味の悪い人形と共に解説の札が立てられており、当時の人々がどのようにして金山で働いていたのかを学ぶことができる。私はそんなものには全く目もくれず、Hello山下を探して先へ先へと進んだ。

 坑内は異常なまでに蒸し暑い。奥に行けば行くほど、その温度は上がっていくようだ。私は耐え切れなくなってコートを脱いだ。お気に入りのラルフローレンのポロシャツにも汗が滲んでいる。
 さらに進むと、池に突き当たった。Hello山下はいない。痕跡や手掛かりらしきものも見当たらない。他にする事も無いのでしょうがなく解説の立て札を読んでみると、池の成り立ちが書いてあった。どうやら金を求めて掘り進んでいくうちに、水脈にぶち当たってしまったらしい。この水のせいで金の採掘は難航したと立て札にはある。
 池の水温はかなり高いらしく、かすかに湯気が立ち昇っている。蒸し暑さの原因はここにあるようだ。

 池を覗き込むと、底に無数の5円玉と10円玉が沈んでいるのが見えた。恐らく観光客が投げ込んだものであろう。
 何故かはわからないが、日本人の観光客には「池をみると硬貨を投げ込む」という奇妙な習性がある。特に【ご利益があるから投げ込め】とかいう指示が無い池であっても、観光地の池の底には必ずと言って良いほど5円玉や10円玉が沈んでいる。恐らくパブロフの犬の如く、条件反射で投げ込んでいるのだろう。このような行為は実に下劣であり、迷惑行為以外の何物でもない。人間ならば獣じみた条件反射的行為は慎むべきである。
 
 少々話が脱線したようだが、ともかく池周辺にHello山下の痕跡らしきものは一切発見できなかった。
 私は金山坑内をさらに奥へ奥へと進んでいった。

 金山の最奥地点には、入浴する男女の人形が設置されていた。

「ふうぅぅぅ。仕事の後のひとっ風呂は最高だァ」

 という下手糞な寸劇が、またもやスピーカーから流れてくる。先程の池の水温もかなり高かったが、こちらの方からは温が噴出していたようだ。それを利用した温泉が、金山の坑内にはあったらしい。どうりで蒸し暑いわけである。
 
 坑内の最奥地点までやってきても、Hello山下は見つからなかった。時刻はPM2:30を回った。あと30分で約束の時間である。これは一体どういうことだろう?やはり単なる罠だったのか?私は少し心配になってきた。


 と、その時である。猛烈な腹痛が私を襲った。十二指腸・小腸・大腸・直腸・肛門―それら全てを駆け抜けるハルマゲドン級の痛み―最早それはバイオ・ハザードと言っても過言ではない程の苦痛であった。そういえばこの数週間、まともにウンコをした記憶がない。何かにつけてHello山下に邪魔されて、満足のいく排便のできぬまま今日に至ってしまっているのだ。

 ここは金山坑内でも最奥地点にあたる。こんな所にトイレットなどあろう筈もない。まさかここで野糞をするわけにもいかない。こんな密閉された空間で粗相をしようものなら、その臭いは未来永劫坑内に染み付き、私は子々孫々に至って糾弾を受けることになるに違いない。そうなれば末代までの恥である。

 私は爆発しそうになる肛門を押さえ、出口の方へと走った。


                    (続く) 文責:魔王源

2008年12月14日

【小説】「公衆便所男⑮」

 私はトイレを求めて走った。
 トイレ・トイレ・トイレットだ。この20年間というもの、理想のトイレットを求めて探求を続けてきた私だが、今ほど切実にトイレを求めたことは無い。
 私は今、ただ「排泄」という目的の為だけに―心の底からトイレを求めていた。

 坑内を3分程走ると、出口が見えた。外から光が入り込んできている。冷たい外気が坑内へと流れ込んで来るのを肌で感じた。
 金山を飛び出した私は、一目散に目の前にあった建物に飛び込んだ。そこは資料室となっており、土肥金山の歴史や地理などを解説するパネルや模型などが展示されていた。目玉は重量が250kg・時価6億円相当の巨大金塊のようである。老夫婦が金塊の前で「南無阿弥陀仏」を繰り返しながら両手を擦り合わせているのが目に入った。それはこの私以外の客を初めて発見した瞬間でもあった。
 だが今は、そんな事は本当にどうだっていい。緊急事態なのだ。私の肛門は悲鳴にも似たエマージェンシー・コールを発令している。

「スイマシェェェェン!!!!ト…ト、トイレは何処にありますかぁぁぁ!?」

 私は資料室に立っていた従業員の女に尋ねた。私は物凄い形相をしていたらしく、女は怯えた様子で「あっち」と指差した。私は女の指差す方向へと方向転換し、全力で走った。

 急がなければ―――
 爆発の時まで、最早一刻の猶予も無い。

 私は建物の外へ飛び出した。どうやらトイレは離れに建てられているようだった。「どこだぁぁっ!?」と叫び声を上げながら辺りを見渡すと、左手に青と赤のトイレット・マークを発見した。私はその方向へ走った。

 間に合うのか?
 それともメルト(※注)してしまうのか―――?
 
 いずれにせよ、あと数秒で決着がつく。私は必死で走った。驚くべきことに私の目に移る空間は色を失っており、後ろに遠ざかる風景はスローモーションとなって見えた。全力で走っている筈なのだが、鉛の服を着せられたように体が重く、一向に前に進んでいかない。
 まさしくそれは【ZONE体験】であった。人間の集中力が極限まで高められたとき、脳は特定の目的を達成するために、必要のない情報を遮断してしまうのだと言われている。この時あまりにも脳が高速回転するために、ZONE体験者は時間が止まったように感じるのだそうだ。トップアスリートの多くは、競技に極度に集中した際【ZONE体験】を経験すると言う。また、臨死体験をした者も同じ体験をしたという報告がある。これは仏教の修行僧が瞑想中に体験する【ニルヴァーナ体験】と同一のものであろう。
 何はともあれ今、まさにそれが私の脳に起こっていた。

 トイレ到着まで、あと3秒―――
 2・1―――――――――

 私はなんとかメルトせずにトイレに辿り着くことができた。が、そこで私を意外な人物に出くわしてしまった。洗面所で手を洗っている、冴えない肥満体の四十男――労働組合長の大垣であった。

 大垣を目にした瞬間、私は湧き上がってきた怒りで我を忘れた。メルト寸前だった筈のウンコはマグマの如し憤怒によって再び大腸の奥深くへと押し戻されたのだろうか、不思議と腹痛はぴたりと止んでしまった。

「大垣貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!!!!!!」

 私は大垣に飛びかかった。そう言えば大垣は左利きである。夢の中でHello山下が言った【Hello山下は左利き】とは、やはり大垣を指していたのだ。

「ま、待て!なんだ!?どうしたというんだ!?落ち着け!!!!」

「今更何を言う!!大垣、貴様が私を伊豆に呼び出したんだろうが!」

「ええっ?どういうことだ?お前こそ俺を呼び出したんだろ、川上!!!」

「何…?」

 マウントポジションから正拳突きを繰り出そうとしていた私は、ギリギリの所で手を止めた。

「お前が【11月18日15:00 伊豆の土肥金山にて待つ。火急の用にて必ず来られたし】なんていうメールをよこすもんだから、わざわざ年休を取得して伊豆くんだりまで来たんじゃないか!」

 なんということだ。無論そのようなメールを送信した覚えは、私には無い。もしや、と思い携帯電話を確認すると、確かに11月10日付けでその旨のメールが送信されていた。
 私は大垣から手を離し、立ち上がった。

「一体なんだっていうんだ!?」

 大垣が真っ赤な顔をして問い詰めてくる。私は何も言えず、その場に立ち尽くした。


 薄々、感付いてはいたのだが―――

 やはりHello山下の正体は「私」なのか?


                     (続く) 文責:魔王源


※注 メルト:ウンコを漏らす事。

2008年12月17日

【小説】「公衆便所男⑯」

 Hello山下とは、私自身なのか――?
 
 これほど正確に私の行く道を先回りして落書きを残していくなど、殆ど不可能な話だ。それができるのは私自身しかいない。仮に私が多重人格者であり、夢遊病のような状態でトイレに落書きを残していたとすれば、これまでに起こった全ての怪事件にも納得のいく説明がつく。
 全ては私の自作自演なのだろうか?家に見慣れぬサインペンがあったのも、Lexusの中に多量のイチジク浣腸器が放置されていたのも、全て「もうひとりの私」の仕業なのだろうか?

 だが、まだ疑問は残されている。仮に私が多重人格者で、全てが自作自演だったとすれば、私には【空白の時間】が存在している筈だ。ところが私にはそんな記憶はない。初めてHello山下の落書きに遭遇した11月4日から今日までの間、私の記憶は途切れていないのである。
 加えて、夢の中でHello山下が残したメッセージ

【Hello山下はYou自身、Hello山下は左利き】

 の【左利き】の部分にも説明がつかない。私は右利きである。仮に、Hello山下が私なのだとしたら、これは何を意味しているのだろう?


「…あ…!」


 ふと、ある光景が私の頭の中をよぎった。

 幼児が勉強机に座らされている。後ろには見知らぬ女が立っている。幼児の目の前には迷路が置いてあり、幼児はスタートからゴールまで、迷路を鉛筆でなぞらなければいけない。
 幼児は震える右手で鉛筆を持ち、たどたどしい線で迷路をなぞっていく。左手を使おうとすると、女の厳しい叱責が飛ぶ。幼児は泣きながら、右手を使って必死で迷路をなぞっていく――


(もしかすると…)


 私はHello山下が残したサインペンを左手で持ち、トイレの壁に【Hello山下参上!】と書いてみた。右利きである私は、左手で字など書いたことは無い筈だ。にも関わらず、私の左手はスラスラと文字を書いていった。
 
 
           【Hello山下参上!】


 そこに現れたのは、Hello山下の筆跡そのものだった。
 気づかぬうちに私は涙を流していた。
 そうだ。
 あの幼児は、私だ――――

 あれは幼かった私の、利き手の矯正訓練の思い出だ。幼い頃、両親が共働きだった私は「プレイルーム」と呼ばれる保育施設に預けられていた。その施設の教育方針で、左利きの児童は無理やり右利きに矯正させられたのだ。私は「プレイルーム」が大嫌いだった。イヤでイヤで仕方なかった。私は両親に何度も「あそこへはいきたくない」と訴えた。だが、その言葉は聞き入れられなかった。「ワガママを言うんじゃない」と叱られて、泣きながら渋々プレイルームに通ったのだ。

 やはりHello山下は私だったのだ。長い間抑えつけられていた「もうひとりの私」は、心の深い所に隠れていて、ずっと外に出られるのを待っていた。自分の存在を知らせるチャンスを、今か今かと待ち続けていたのだ。その私がHello山下となって現れた。数々の悪戯は「自分の存在を認めてもらいたい」という、もうひとりの私からの必死のサインだったのだ。

 
 それがこの珍妙なる事件の真相だろう。


「ぐるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるぅぅぅぅぅぅぅる」

 その時、聞いたこともないような奇妙な重低音がトイレ内に鳴り響いた。

(なんの音だろう?)

 私は音の源を探した。
 その音は、私の腹の奥から発せられていた。
 次の瞬間、猛烈な腹痛が私を襲った。
 そうだ、私はメルトしそうだった筈だ。
 大丈夫、ここはトイレットだ。
 大便器までは数メートルも離れていない。
 全ての謎は解けた。
 心置きなく排便の快感に酔いしれようではないか。


 だが――――


 すさまじい炸裂音と共に、私の肛門は弾け飛んだ。

 
                       (続く) 文責:魔王源

2008年12月20日

【小説】「公衆便所男⑰」

 ふと気付くと、私は公衆便所の大個室にいた。

 土肥金山ではない。見覚えのあるトイレだ。会社の最寄り駅付近にあるトイレットである。
 左手にはサインペンを握っている。便所の壁を見つめていると、何やら妙に落書きがしたくなり、

【Hello山下参上~☆】

 と書いた。その字を見て、実感した。やはり私がHello山下だったのだ。

 ふらふらした足取りで個室を出る。
 洗面所の鏡に映った自分を見て驚いた。そこに移っているのは私だったが「私」に似ても似つかぬ男だった。
 私は薄くなりつつある髪をポマードでなでつけ、スタジャンを着て、首から金属でできたイルカのペンダントを下げていた。スタジャンの胸ポケットには金縁のサングラスが入っている。私はこの男には見覚えがあった。図書館で見かけた浮浪者である。

 一体どういうことだ?
 何故私がこんな格好をしているんだ?
 私は混乱してきた。だが、次の瞬間さらに私を混乱させる事態が発生した。
 一人の男が公衆便所に入ってきたのだ。さえないスーツを着た髪の薄い40男―ジャパニーズ・サラリーマンの典型中の典型とも言えるルックスの男――まさしくそれは「私」であった。
 「私」は私に一瞥をくれると、そそくさと大個室へと入っていった。しばらくすると「カラカラカラ」という、トイレットペーパーホルダーが回る音がして、その直後に

「何が【Hello山下参上~☆】だ!!ふざけるんじゃない!!!!!」

 という声が聞こえてきた。「私」の声である。

 何が何やらわからず、私は公衆便所の外に出た。

(もしかすると…!!!)

 スタジャンのポケットに携帯電話が入っているのに気付いた私は、携帯電話を取り出して、画面に映っている日付を確認してみた。
 そこには「11月4日12:05」と表示されていた。
 間違いない。その日は私がHello山下を始めて発見した日である。

 しばらくすると「私」がなにやらブツクサとぼやきながら公衆便所から出てきた。それを見た私は 猛ダッシュで駅の階段を駆け上り、向かい側にあるトイレへと飛び込んだ。そこにはウンコ塗れで汚濁の極みにある便器がひっそりと佇んでいた。あの日と全く同じ光景である。大急ぎで私は、壁に

 【Hello山下☆参上だよーん!!!\(^o^)/】

 と殴り書き、トイレを飛び出した。Hello山下の落書きを再び目撃し、憤慨した私が次に向かう場所は、スーパーマーケットである。急いでスーパーに行かなくてはいけない。再び私は走り出した。

 恐らくはこういうことではないだろうか―――
 私の体内には二週間分の滞留便が存在していた。その滞留便が発生させたメタンガスが、メルトしてしまった羞恥心のエネルギーで核分裂を起こし、時空を捻じ曲げる程の膨大なエネルギーを生み出したのだ。あの瞬間、土肥金山のトイレ内にマイクロブラックホールが出現したに違いない。このブラックホールに吸い込まれた結果私は、11月4日にタイムトリップしてしまったのだ。

 やや苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、そんな事はどうだっていい。現に私は11月4日の世界に存在しているのだ。実際そうだったんだからそれでいいのである。
 何よりも大切な事は、私は「私」を、なんとしても11月18日の15:00に、伊豆の土肥金山にまで誘導しなくてはいけない―ということだ。もし失敗すれば、私がタイムトリップしたという「事実」が失われてしまう。その瞬間、時空は矛盾を解決するために、11月4日に存在している私の存在を消滅させるかもしれない。奇しくも学生時代に見た、くだらないB級ハリウッド映画と同じ展開である。

 どうすれば良いかはわかっている。私はHello山下がとった行動を完全にトレースしさえすれば良い。これから私はスーパーマーケットのトイレに巨大なウンコを配置し、落書きを仕掛ける。次に私は図書館に向かって、イチジク浣腸器と悪臭を仕掛ける…このようにして、完全にHello山下になり切ることさえできれば、私は「私」を伊豆へと誘導することができるだろう。
 成功する可能性は五分五分だ。ひとつ間違えば私の存在はロスト―即ち消滅である。まったくもってとんでもない災難に見舞われたものである。

 だが、この時私の心に不思議と恐怖はなかった。形容し難い高揚感に私は包まれていた。

 ―――今、私は間違いなく生きている。
 どうしてもやり遂げなくてはいけない使命、ミッションが存在する。

 この20年の間、すなわちA電機に入社してからの私は生きた屍のような存在だった。私は目的を失い、生きる気力を失っていた。人生への情熱は失われ、自宅と会社の間を行き来するだけの毎日を送っていた。確かに両親の言ったように、良い大学に入り、大企業に入社することで生活への不安は無くなった。A電機に在籍している限り、住む家と食べるものに一生困ることは無いだろう。A電機は私に「安定」と「保障」を与えてくれた。
 だが、その引き換えに私が払った代償は、私にとってあまりにも大きすぎた。私は「生活」がしたかった。「生きている」という実感を毎日の中に感じていたかった。自分が生きた証がずっと欲しかったのだ。こんな簡単なことに、追い込まれるまで気付けなかった。

 だが、今は違う。
 今、私は生きている。
 もしも運良く「私」を伊豆に導くことができて、
 11月19日を迎えることができたら――人生をやり直そう。
 私にとって本当に大切なものが、きっと見つかるはずだ。


 そう、これは「災難」なんかじゃない。
 人生に行き詰っていた私に、神が与えてくれた「プレゼント」なのだ。


                (続く) 文責:魔王源

2008年12月21日

【小説】「公衆便所男⑱」

 私は今、図書館のトイレットに潜んでいる。
 浮浪者になりすまし(というか、この時空に飛ばされてきた時には既に浮浪者ファッションだったのだが。)私は「私」を待った。
 既に壁には、

「Hello山下!!!参☆上~♪ どう?びっくりした?」

 とサインペンで書きなぐってある。

 まったくもって、とんでもないことになったものだ。
 スーパーマーケットの仕掛けにはなんとか間に合った。懸念材料であった巨大便は、何者かによって既に産み落とされた後だったので、私の仕事は【Hello山下参上】の落書きを残し、洋式便器の蓋を閉めるだけで事足りた。この時ほど他人様の排泄物に感謝の念を抱いたことはない。
 踵を返して薬局へ走り、イチジク浣腸を大量に購入した。都合良くスタジャンのポケットには、皺くちゃになった一万円札が放り込まれていた。なんと聖徳太子の一万円札である。時代錯誤もいいところだ、と思ったが、スタジャンを着て浮浪者となった私にはお似合いだとも感じた。

 図書館のトイレットの仕掛けで問題になるのは「悪臭」である。あの時便器周辺に漂っていた匂いは、この世のものとは到底思えぬ程の猛烈な臭いであった。あの臭いはちょっとやそっとのウンコでは再現できまい。いかにしてあの臭いを生み出すか?

 あの臭いを生み出せるものがこの世に存在するとしたら―?

 咄嗟に思いついた答えは「ドリアン」であった。図書館へ向かう道の途中、私は果実店の店先に並んでいた、ひときわ目立つグロテスクな果実に目を奪われた。「これだ、これしかない」と確信した私は、イチジク浣腸器を購入した釣銭をはたき、ドリアンを購入した。
 そのドリアンを、大個室内で真っ二つにして、浄化槽の中に放り込んだ。とてつもない悪臭がトイレ内に充満した。止めに自らの肛門にイチジク浣腸を使用する。私の腹の中に残留していた滞留便は、タイムトリップの際に核エネルギーとなって消滅してしまっため、殆ど残ってはいなかった。それでもないよりはあった方がマシだろう。冷たい薬液が腸内に循環して息、腹部に鈍い痛みが走った。
 
 排泄を済ませてしばらくすると、ドアをノックする音が聞こえた。
 言うまでもなく「私」である。あの時の状況を慎重に思い出しながら、私は20分間息を潜めて待った。
 するとガチャガチャとノブを回す音が聞こえてきた。しびれを切らした「私」は何度もノックを繰り返している。あの日と全く同じ状況だ。とは言え「私」も、個室の中に隠れているのが他ならぬ私自身だとは思いも寄らないだろう。

「うるせえっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 私は目一杯ドスを聞かせた声でそう叫び、ドアを蹴り飛ばした。少しの間があった後、「私」は再びノブをガチャガチャやり始めた。予想通りの展開である。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…!!!!!!」

 私は必死でキレかけた浮浪者を演じた。その後3度ドアをノックする音が聞こえ、「私」はトイレから去っていった。私はほっと胸を撫で下ろした。どうやらこの場はなんとかうまくしのげた様である。後は犯人を捜すフリをしながら、図書館を後にすればいい。 

 さて次は、私の自宅である。

                     (続く) 文責:魔王源

2008年12月24日

「ダメな人」PV

「ダメな人」のPVをニコニコ動画にアップロードしました。
フラッシュ処女作です。
ムカムカする声でレコーディングし直しました。

YouTubeはこちら。

2008年12月31日

【小説】「公衆便所男 最終回」

 12月某日―
 私はある酒の席に座っていた。私の送別会である。

 私は「私」を、なんとか土肥金山に導くことに成功した。「私」は大垣の面前でメルトし、次の瞬間大声で叫んだかと思うと閃光に包まれ、その光の中に消えていった。私は大垣に駆け寄り、「何だ?一体何なんだよコレは?え?川上説明しろおお!!!」とわめく大垣に平謝りし、なんとかその場を取り繕った。
 今、私がこうして存在していると言うことは、11月4日にタイムトリップした「私」も、無事【私】を伊豆へと導くことに成功したということだろう。実にややこしい話だが、ともかく私はこうして無事、酒を呑んでいる。

 私はこれからどこへ向かうのだろう?あては全く無い。土肥金山から帰った私は、会社に辞表を提出した。私の上司にあたる男は「そうですか、そうですか、まあ色々と事情もあるんでしょうが、あえて理由は聞かないことにしておきましょう。貴方のような優秀な人材に辞職されることは、当社としても非常に手痛い話ではありますが、我々はなんとかやっていきますので川上さんもお元気で。」という有難いお言葉を受け取った。私はとくにこれといった感傷も無く、残った仕事の引継ぎ作業に取り掛かった。

 数日後、会社近くの居酒屋で私の送別会が行われることになった。宴会好きの社員が企画した、送別会とは名ばかりの席だ。それが今である。宴の初っ端に私は、お別れのスピーチを喋るよう笑顔で強要された。こうなることは予測してあったので、スピーチは事前に用意してあった。私は何の感慨もなく、スピーチを朗読した。
 無論誰も聞いていない。私がスピーチをしている間、皆それぞれに気の合う仲間と雑談を交わしていた。当然であろう。私は社内で緊密な人間関係を作らなかったし、作りたいとも全く思わなかった。

 私はBeFreeの社員達と、目標や価値観といったものを共有する事がどうしても出来なかった。私の目的は一にも二にも「金」であって、それ以外の何物でもなかったのだから当然と言えば当然だろう。
 BeFreeは決して大きな会社ではない。空前の大不況が製造業界に大打撃を与えている今、BeFreeは未曾有の窮地に立たされている。
 BeFreeは事実上A電機の子会社である。A電機から降りてくる仕事を消化しているだけの会社だ。営業部門は存在しているが、その活動と言えばA電機へのゴマすり以外には何もない。このような状況では「BeFreeはA電機の一部門」と言っても過言ではないだろう。

 だが、書類の上ではれっきとした別々の企業である。「A電機はBeFreeの一顧客に過ぎない」ということになっているのだ。それは大企業が生み出した、姑息な生き残りの知恵であった。いざとなればA電機はBeFreeを容赦なく切るだろう。大企業は一にも二にも自社を守ることを最優先する。それが会社組織というものが持つ非情な自己保存本能である。そこに「義理」や「情」といったものが入る余地などない。
 いずれBeFreeは存亡の危機に立たされるだろう。私の目の前で楽しそうに酒を飲んでいる彼らは、力を合わせてこの危機を乗り越えていかなければならない。そこには知恵と、勇気と、工夫と、チームワークと、社員たちの多大な自己犠牲を要するであろう。

 だが、私にはそんなことどうだっていい。BeFreeが潰れようが、同僚が路頭に迷おうが、私の心は微塵にも痛まない。私はBeFreeに張り付いた一匹の寄生虫に過ぎない。それは重々承知の上で、私は甘い汁を吸い続けてきた。

 だが、そろそろ潮時だろう。私は私の道を行く。
 さらば、BeFree。
 長い間金蔓として機能してくれて本当にありがとう。

 などという事を考えながら酒を呑んでいると、ふいにウンコがしたくなった。

「ちょっと失礼。」

 と言って私は席を立ち、トイレへと向かった。居酒屋は狭く、無駄に入り組んでおり、トイレはなかなか見つからなかった。私は女学生と思われる派手な化粧をしたアルバイトの店員からトイレの在り処を聞き出し、調理場の奥の方に存在しているトイレへと向かった。


 そのトイレは洋式便所だった。特になんのトラブルも無く、私はズボンを下ろし、便座に座り、排泄を始めた。
 排泄を妨害するような障害は何も無かった。実に平和なものである。Hello山下がいなくなった今、私の神経を逆なでするようなトラブルは最早起こりえない。
 何故かはわからないが、それを少し寂しく思った。

 排泄を終えた私は、これまでの習慣から、半ば反射的に例のラクガキを探した。

 (酔狂な話だ…)
 
 と自分を笑いながら、私の目は懐かしい文字を探した。
 勿論見つかりっこないことは重々承知の上だ。ただ、あのラクガキを探すという行為の懐かしさに酔いしれていた。


 だが、驚いたことに――――
 それは、大個室のドア中心付近に、あっさりと見つかった。


    「シーユー・アゲイン!!!   byHello山下」

 
 その文字が何故、そこに存在していたのか?理由はわからない。勿論私には全く身に覚えの無い話だ。この事に理路整然とした説明をつけることは出来ない。また、この謎を解明しようとも思わなかった。

 ただ、何故だかとても嬉しくなった。
 気付けば私は少しだけ、涙ぐんでいた。

                        (完)


それでは皆さん、良いお年をー♪   魔王源


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