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【小説】「公衆便所男⑨」

 桃色の空間を、私はどこまでも漂っていた。
 とても良い心地だ。どこまでも続く、何もない世界。静寂に支配された小宇宙――そこは楽園だった。
 そこには私を邪魔するものは何もなかった。会社も、わずらわしい人間関係も存在しなかった。
 私は一糸纏わぬ姿で浮遊していた。そうしているうちに私の肉体は空間に溶け出し、やがて消えてしまった。

 とても良い心地だ。
 いつまでもこの場所に留まっていたい。心からそう思った。

 肉体を失った私は、意識のみの精神体となって浮遊を楽しんだ。こんなに気持ちが良いのは物凄く久しぶりだ。私は大声を出して笑った。(肉体は存在していないので、厳密には笑っていないのだが、そのとき私はそう感じた。)最後に大声で笑ったのはいつだったろう?遠い昔だ。恐らく20年以上前―小学生の頃だったろうか。
 私の人生は完璧だった。第一志望の大学に入学し、第一志望の有名企業に入社した。収入は大学の同期の中でもトップクラスで、金に困ったことは一度もない。「私はA電機の社員だ」と言えば、誰もが私に一目を置いた。
 誰の目から見ても私は成功者だった。両親は私をいつも自慢していた。私は求めるものを全て手に入れた。私は「成功者」なのだ。だから私は幸福なのだ。世間には、日々の食事にも困るような貧困生活を強いられている者が無数に存在する。年金・健康保険も払えないような甲斐性無しの無能な者達が無数に存在する。ワーキングプアーの派遣社員達は月に200時間の残業を強いられ、手取り20万円の月給で生活している。そんな彼らに比べて私は圧倒的に幸福だ。私の月給は手取りで42万ある。ボーナスは120万円が年2回だ。BEFREEに転属が決まってからはボーナスは半分に目減りしたが、それでもその日暮しが精一杯な者共に比べて私は圧倒的に幸福だ。私は税金をきちんと払っている。私は生命保険にも加入しているし、クレッジットカードも3枚持っている。もちろん不渡りなど出したことはない。ローンだって組める。これらの情報から論理的に判断して、私は「成功者」なのだ。冷静に、客観的に見て私は明らかに「勝ち組」なのである。
 
 なのに何故、こんなにつまらないのだろう?
 なのに何故こんなに孤独なのだろう?

 私は「成功者」だ。私は「勝ち組」だ。子供の頃から厳しい受験競争を勝ち抜いて、やっと手に入れた「成功者」の称号だ。人々はもっと私を尊敬すべきだ。どれだけ私が苦労したか、誰もわかっちゃいない。私を敬え!私を愛せ!私にひれ伏せ!もっと私に優しくしろ!!!!!!

 気がつくと私は肉体を取り戻していた。桃色の空間は次第に形をとり始めた。青い色のタイル、白い色の陶器、金属のパイプ。四方を壁に囲まれた馴染み深い空間――そう、ここは【公衆便所】だ。私にとってかけがえのない、唯一の【居場所】だ。この狂った現代社会から隔絶された【最後の砦】だ。ここにいる時だけは私は私のままでいられる。外へ出れば疑心暗鬼と憤怒と憎悪と欲望の入り混じった世界が存在している。
 私はこの世界が大嫌いだ。唯一嫌いでないのは【公衆便所】だけだ。

 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハアアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアアハハハハハハハハハハアハハハハ

 そのとき、遠くの方で笑い声が聞こえた。とても嫌な笑い声だった。明らかにそれは嘲笑であり、その矛先は私に向けられていた。

「誰だ!?」

 私は問い質した。けれども笑いの主は答えない。

「出てこい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 私はあらん限りの憤怒を込めて叫んだ。空間が私の怒りで振動している。

「最近どうよ??元気????よろしくやっちゃてクレてる!?」
 笑い声の主が答えた。

「お前は誰だ!?」

「ボクが誰かって?YOUの探している人間さ。」

「まさかHello…!?」

「ピンポィーーン♪山下よん。YOUの親友の、Helo山下だおん☆☆」

「ふざけるな!!貴様が私の友人であるわけがないだろうが!」

「何イってるんだい。とっても退屈してたじゃんか。YOUは、退屈で退屈で仕方がなかった。YOUはとっても哀れな人間よ。とても不幸な人だよ。YOUはいっつも助けを求めてたじゃん。ずっとずっと、叫んでたじゃない。一人ではもう、どうすることもできなくなっていたんだね。だからボク、YOUを助けにきたよ。」

「いい加減にしろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「今はわからなくてもいいさ。YOUは絶っ対に認めないだろうしね。YOUはボクを心から必要としてるケド、YOUのプライドはそれを受け入れようとはしないだろうネ☆YOUはYOUで作った牢獄にYOUを閉じ込めて、YOU自身を拷問にかけている。でももう限界ヨ。YOUは崩壊し始めてる。ホラ昔誰かが言ってたデショ?【オマエはもう、死んでいる】って。あれだヨ、アレ☆☆☆☆」

「うるさい!!!!」

「ともかく早く伊豆においでヨ。ボクはそこでYOUを待ってるヨ。ボクはYOUで、YOUはボクだ。YOUが壊れちゃったらボクも存在できなくなってしまうのヨ。だからもう、これ以上YOUにリーダシップを与えておくわけにはいかないのん☆」

「言われずとも行くさ!。必ずや貴様を捕まえて、成敗してやる!」

「ほーら、もーワクワクしてるwwwなんっでわっかんないかなあ♪ホントにYOUは頑固者なんだからwwwでもボク、YOUのそういうトコ、ダイスキよん☆」

「貴様ァ!!これ以上私を愚弄すると…!!!!!!!!!」

「おーコワいコワいwwwあ、そだ。伊豆で待つ、だけじゃあんまりだから、もうひとつだけヒントあげるね♪

 【Hello山下はYOU自身。Hello山下は左きき。】

 覚えときなヨ。きっと役に立つからさ☆じゃ、GoodLuck&GoodBy!!」

「待て!!!!!どういうことだああああああああ!!!!????」

                     (続く) 文責:魔王源

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2008年11月15日 23:04に投稿されたエントリーのページです。

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