最早、近場にこだわっている場合ではない。
腹の中に溜め込んだ便の違和感に堪りかねた私は、隣駅まで遠征する決意を固めた。
時刻はPM0:55である。休憩時間はあと5分で終わりだ。今頃社では始業開始5分前を告げるチャイムが鳴り響いていることだろう。
私は会社の入っている雑居ビルの方角へと足早に歩いていった。少々汗ばんできた所で社屋に戻った。私は颯爽とエレベーターに乗りこみ、6階で降りるとオフィスとは名ばかりのタコ部屋のドアを勢いよく空けて入り、部署のリーダーに
「どうも体調がすぐれないので、午後休を取りたいと思います。」
と、吐き捨てるように言った。
私より8つ年下のリーダーは満面の笑顔で「どうぞどうぞ!」と答えた。
正直なところ、部署内での私は微妙な立場にある。43歳の私は部署で最年長だ。3年前まで私は、日本屈指の大企業であるA電気に勤めていた。今勤めている会社は「株式会社BEFREE」という。BEFREEはA電気の系列下にある中小企業である。一応、独立した会社ということになっているが、その実体はA電気の子会社である。
A電気ではBFREEを「姥捨て山」と呼んでいた。A電気での派閥抗争に破れた者や、使い物にならないが労働組合が強すぎるために首を切るわけにもいかない、ニッチもサッチもいかないダメ社員が左遷されてくる。言わば「人間最終処理場」というのが、我が社「BEFREE」の主な役割だ。このイヤな役まわりを果たす変わりに、A電気から巨額の発注を貰って会社はなんとか存続している。
かく言う私も人間産業廃棄物のひとりである。日本屈指の有名大学Y大を出て、日本屈指の大企業であるA電気に入社したはいいものの、真剣に仕事に取り組む気など全くなかった。
子供の頃の私は、両親の「いい大学を出ていい会社に入れば一生幸福になれる」という言葉をひたすらに信じて学習塾に通い、偏差値を上げることだけを考えて生きてきた。何の楽しみも無く、ただただ辛いだけの青春を私は送った。
「有名大学を出て、有名企業に入れば後は何の苦労もしなくていい」
私はそう固く信じていた。それなのに、A電気に入社した私を待ちうけていたものは、過酷な出世競争と煩わしい人間関係だった。
私は「有名企業に入る」という人生の最終目的を達成した時点で、完全に燃え尽きていた。もうこれ以上は一切頑張りたくなかった。だから会社に行ってもソリティアとマインスイーパーに明け暮れるだけの日々を送った。
当然上司や同僚からの叱責は受けたが「絶対にクビにはならない」という確信だけはあった。日本屈指の大企業であるA電気の労働組合は、日本屈指の規模と絶大な影響力を誇る。プロパーのクビを切るとなればA電気の労働組合は黙ってはいない。だから私は、まったく仕事をしなくれも解雇されなかった。様々な部署をたらいまわしにされた後、現在の会社「BEFREE」に左遷されて今に至る。
現在の会社でも、私はソリティアとマインスイーパーに明け暮れている。それでも部署のリーダーは私に何も言わない。BEFREEにしてみれば、私はA電気という最大のクライアントのOBである。私を解雇してA電気と揉め事になるような事だけは避けたいのだ。だから私は特に仕事をすることもなく、ただ椅子に座っているだけで月38万円の給料を貰っている。
薔薇色の人生だ。まさに【BE・FREE!!】である。
が、そんな事はどうだっていい。私とって大切な事は理想のトイレを発見し、気持ち良くウンコをすることだけだ。他の事はどうだっていい。なんとしても便秘だけは避けなくてはいけない。会社などどうなろうが知ったことではない、そんなことよりもウンコである。ウンコ。ウンコ。ウンコ。ウンコ。ウンコ。早く最高のトイレットに巡りあいたい。そしてゆっくりと、リラックスしながら、大腸を通過して直腸に辿り着いたウンコを肛門からひり出すのだ。
嗚呼、早くウンコをしたい。それだけが私が生きている理由・死なない理由である。誰が何と言おうと私は譲らない――快適なトイレット&排便ライフこそが、人生のクオリティを左右する最重要ファクターである。それ以外のことは、所詮は泡沫の夢に過ぎない。
などという事を考えながら、私は駅のホームで電車が来るのを待った。
(続く) 文責:魔王源
