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クルマを買って心に起こったこと。


 車を購入した。中古の軽である。サラリーマンになったことで経済的に余裕ができたので、買ってみた。

「自家用車を所持する」ということは、小生の人生からは最も程遠いと思われていたことである。拙文を読んで下さっている方の多くは「そんなのフツーじゃん」と思われるかもしれないが、漫画を描く人間からすると「クルマを持つ」という事はかなり珍しいことなのだ。漫画家という生き物は、齢三十にして普通免許さえ持たぬことも珍しくない。高校を卒業してすぐ、大学入学式前に両親の金で教習所に通い、大学に入るとロクに授業にも出席せずにバイトに精を出して車を購入し、コンパと性行為と旅行に明け暮れているうちに卒業の季節がやってきてなんとなく就活・就職しちゃってそろそろジーミソっすよ~♪いう諸氏諸兄には日常茶飯事かもしれないが、小生のような人生裏街道を歩いてきた人間からすると、これはもう冠婚葬祭を遥かに凌ぐほどの一大事なのである。そこの所をよく理解して頂きたい。

 それはさておき、晴れて自家用車を持つ身となった小生であるが、心の中に予想だにしなかった思念が湧き上がってきて、少々戸惑っている。
 小生、クルマというものに【移動手段】としての価値しか見出していなかった。昨今山奥の美術館や公共交通機関の通っていないレストランなどを訪ねる機会が増えてきたため「歩行」という移動手段の限界を痛感するようになり、これを解消するためにクルマを購入したのである。
 故に「車種がどうだ」とか「走行性能がどうだ」とか、そういったエンスー的な事柄は実にどうでもよかった。あくまで「クルマなど走ればそれで良いのだ、なるべく安いのに限る」という発想で中古の軽自動車を購入したのである。

 ところがいざクルマに乗るようになってみると、他人のクルマが妙に気になる。自分の前を高級車が走っていると、何かよくわからないが「羞恥」を感じたりするのである。
 高級車は立ち上がりの性能が違う。信号待ちなどで停車し、再び再発進する際などにこの差が大きく現れるのだ。小生のクルマは、中古の軽だけあって立ち上がりにもたつく。背後にBMWなどの高級車に張り付かれたときなど、ミラー越しに後続車両の運転手の顔を見ると

「早くしろよこのうすノロめ、もたもたすんなこの野郎!!!」

 といったイライラした表情で、舌打ちなどを交えつつ小生の後頭部を凝視しているのが目に入るのである。そんなこんなで何やら申し訳ない気持ちになり、恥ずかしくなって穴があったら入りたくなってしまいそうになる自分がいるのだ。

 小生、この事には強い危機感を覚えずにはいられなかった。このような気持ちは【凡夫の心】に相違ないのである。
【他人が自分よりもきらびやかなものを所持している事を羨み、己の境遇に羞恥を覚える】という感情は虚栄心が生み出す感情以外の何物でもない。「虚栄心だけは持たぬように、本質を見極め、真理を求めるのだ」と日々己を戒めていた小生が、これしきのことで羞恥を覚えるとは何事であろうか。
 学歴や大企業に対する崇拝や、ブランドバッグを買い漁るような人間の浅ましく醜い心を弾劾し続けてきた小生としては、このような薄汚れた感情を自分の中に住まわして置くわけにはいかない。どうやらまだまだ精進が足らぬようだ。

 そんなわけでここは喝を入れて、心を引き締め、愛車「西多摩ターボ(嫁命名)」と苦楽を共にしていこうと決意を固めた次第である。

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コメント (1)

匿名:

ディーラーの中に入ると、そこには実にいろんな種類の車が並んでいた。
中年の男はカタログをひっぱりだしてきていろいろと見せてくれたが、自分が欲しいのは純粋な買物用の車なのだと説明した。ドライヴにもいかないし、家族旅行もしない。高性能のエンジンもいらないし、ルフ・ウィンドウも高性能タイヤもいらない。
小まわりがきいて、排気ガスが少なくて、うるさくなくて、故障が少なくて、信頼性の高い、性能の良い小型車が欲しいと言った。色はダークブルーなら申しぶんない。
 彼が勧めてくれたのは黄色い小型の国産車だった。乗ってみると性能は悪くなく、小まわりもよくきいた。デザインがさっぱりしていて余分な装備が何ひとつついていないところも私の好みにあっていし、旧型モデルだったので値段も安かった。
「車というのは本来こういうもんなんです」とその中年のセールスマンは言った。
「はっきり言って、みんな頭がどうかしてるんです」


村上春樹
~世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド~より

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2008年09月13日 23:39に投稿されたエントリーのページです。

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