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MMOについての考察

 性懲りもなく、また書いてみる。
 
 「MMO」というゲームがある。
 ウェブに創造された架空世界を旅し、モンスターを虐殺し、レベルアップして、レアアイテムをゲットすることが目的のこのゲームは「駄目人間ご用達のゲーム」と世間に広く認知されている。
 天誅にも「MMO」という曲がある。夜な夜なMMOに耽る人間が、如何に堕落した存在であるかを赤裸々に告発した曲として、ライブでは定番の曲だ。

 実を言えばこの詞を書いた頃、僕はMMOをプレイしたことがなかった。「多分こんなゲームに違いない」という、イメージや偏見を詞で表現してみたのである。前々から興味はあったのだが、あのような歌詞を書くことからわかるように、非常に悪いイメージを持っていたから敬遠していた。
 食わず嫌いもよくないなと思い、近頃MMOを実際にプレイしてみた。定番中の定番であるところの「ラグナロクオンライン」に手を出してみたのである。
 で、

 「これは、とてもではないが駄目人間にはプレイできないだろう…」と思った。

 ラグナロクオンラインは、非常に高度なコミニュケーション能力を要求されるゲームだった。ゲームを効率的に進める為には仲間を作り、チームで「狩り」を行わなければいけない。ROは完全にパーティープレイを前提として作られており、ソロでプレイすると恐ろしくレベルアップの効率が悪くなる。孤独を貫いた状態でプレイし続けるのはほぼ不可能に近いゲームなのだ。
 パーティー狩りにおいては、自分に与えられた役割を完全にこなすことが要求される。騎士しかり、プリーストしかり、アーチャーしかり、狩りをする上でのルールとマナーを守り、チームに貢献していかなくてはならない。

 僕はこの、「パーティー狩り」というものがどうも上手にできなかった。手先の不器用さが災いしてか、あらぬ方向にキャラクターを移動させてしまい、攻撃してはいけないモンスターを殴ったりして、ギルドマスターに叱られてばかりいた。協調性にも欠ける僕は、度々マナーやルールを破り、仲間の不興を買い、煙たがられた。
 そのうち【ROをプレイすればプレイするほどストレスが溜まる】という悪循環に陥った。
 僕は段々「何故、遊びでこんなにストレスを溜めなきゃいけないのか?」と疑問に思うにようになり、馬鹿らしくなってきて、剣士から騎士に転職したあたりでついに放り出してしまった。
 僕がMMOから受け取ったものは、大きな屈辱と挫折感のみであった。学校であれ、職場であれ、あれ程の挫折感を味わった事はない。MMOのどこが「駄目人間」のゲームなんだろう。むしろ余程人格のできな人間でないと楽しむことすらままならない、エリート専門のゲームではないか。

 属に「MMO廃人」と呼ばれている人は、紙一重で駄目人間呼ばわりされているだけなのではないだろうか。エネルギーを投入する場所が違えば、非常に優秀な仕事人間としてバリバリ働いているような気がする。一銭も貰えず、逆にこちらが金を払い続けなければいけないのにも関わらず、あれ程の献身と自己犠牲を要求されるゲームを続けられる人間は、なにか聖者の類なのではないかとさえ思える。
 
 俗物の僕からすると、MMOをプレイするくらいならコンビニでバイトでもしていた方が、幾ばくか賃金が貰える分マシだと思うんだが、どうなんだろうか。

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2008年07月30日 22:06に投稿されたエントリーのページです。

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